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「君ってそんなにお人好しだったっけ?」



新羅は自分の淹れたコーヒーを飲みながら、目の前にいる静雄に問いかけた。

彼が神崎里穂という少女に出会ったのは二日前。
色んな意味でインパクトの強かった彼女の顔は、今でもはっきりと思い出せる。
境遇は色々あるにしろ、今時の子には珍しい、飾りっ気のない…本当に''平凡''''普通''という言葉が似合うような子だった。
だがそんな彼女と彼…''池袋で最強''と名高い平和島静雄が今、ひょんな問題を抱えている。



「で、同居生活を持ち出した静雄への里穂ちゃんの反応は?」

「アホ面…違うな、あれ何つーんだ?」

《キョトン顔?》

「そう、それだ」



すぐ隣にいたセルティに見せられたPDAに頷く静雄。



「まぁ普通の反応だよね。今日会ったばっかりの…しかも自動販売機を素手で投げ飛ばす男にそんな事言われたら」

《静雄、本気なのか?》

「…さぁな」



別に可哀想だとか、そんな同情心で言ったわけではなかった。もちろん、女子高生に手を出すとかいう犯罪じみた意図もない。



「あのー、ありがとう、ございます」



戸惑いながらもはっきりとした言葉。
ただ、それに動かされたのだ。

普段からお礼を言われることは滅多になかった。昔馴染みの新羅やセルティは別にして、職業柄もあるが一般人には特にだ。
里穂の時のような…理由が何であろうと、喧嘩をして人を助けたかたちになったとしても、それは変わらない。
自分を見た人間は、悲鳴をあげるか謝るか、酷ければ気絶する奴だっている。
元々礼を言われたくてやってるんじゃないが、その反応は自分を更に苛つかせるものでしかない。



―――二日前もそうなるだろうと思っていた。
だから怖がらせる前に立ち去ろうとしたのだ。
しかしそんな自分の内心を知るよしもなく、あろうことか彼女は自分をひき止めた。
そしてトドメはあの礼の言葉。

一瞬、何を言われてるか分からなかった。
何言ってんだコイツは。さっきまでの光景見てねぇのか?そこは怯えるところだろ。何礼なんか言ってんだ。

里穂はその一言で自分の常識をくつがえしたのである。



「俺のところに来るか?」



気付いたら口走っていた。
軽い気持ちで言ったわけじゃない。大丈夫だと笑った彼女を見過ごせなかった。



「里穂ちゃんと連絡は?」

「番号は渡した」



適当にレシートの裏に書いた番号。
里穂に手渡そうとしたが、まだ呆然としていたのでブレザーのポケットに突っ込んでやった。



「じゃあまだ連絡はないのか…彼女、相当混乱してるんだろうね」

《……二人共、ちょっといいか》



悩んでいる静雄と新羅にセルティはPDAを表示する。
どうしたんだい?と新羅は優しく微笑んだ。



《そもそも、里穂は携帯を持っているのか?》



しばしの沈黙。



「…持ってなさそうだね」

「電話くらい家にあんだろ」

《無いという可能性はゼロじゃないんじゃ…?》

「ああくそ…!んなこと知るか!」



電話がないとかどんな家だ…!

静雄は乱暴に椅子から立ち上がり、煙草にを出した。



「必要なら借りてでもかけてくんだろうが」

「静雄、何処に行くんだ?」

「仕事に決まってんだろ」



バンッとこれまた乱暴にドアを閉めて、静雄は新羅宅をあとにした。



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