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───────…





「恐くなったのかな」



里穂が出て行ったドアを見ながら、新羅が呟く。
セルティはよく分からないというように身体を傾けた。



「"親の責任"を静雄に背負わすのが、彼女は気が進まないんだよ」



確かにその責任は重い。
けれどそんなもの、本当に今更なのに。
…そういえば、今まで静雄が目に見えて"親の代わり"になっていることなんて無かった気がする。
里穂にとって三者面談=親と行くもの、という方程式があるんだろう。まあ普通はそうなのだが。



《新羅、行ってやったらどうだ?》

「うーん、セルティがそう言うなら行ってあげたいところだけど、私は彼女について知らないことが多すぎる」

《…そういえば、私も知らないことばかりだな》



セルティは文字を打ちながら考える。
里穂のことで知っていることといえば名前と…

名前と…?
名前と…性格、とか?



「僕達に会う前の里穂ちゃんは、どうして暮らしてたんだろう」

《そりゃあバイトしたり…奨学金とか…》

「お金だけの問題じゃないさ」



新羅はもうぬるくなったコーヒーを飲んで、出会った当初の里穂を思い出していた。
確か、両親は事故で亡くしたと言っていた。駆け落ちだったから親戚とも疎遠だと。
しかし、だからといって未成年の子供を放置するのだろうか。



「未成年に親がいない場合、必ず代わりになる後見人がいるはずなんだ」

《後見人?》

「代わりに親権者になる人だよ。後見人には子供の世話をする義務がある」



なら里穂にもその後見人がいるということか。
…じゃあそれは一体誰だ?
セルティの言いたいことを察した新羅は肩を竦めた。



「でも少なくとも里穂ちゃん自身は知ってるはずだ。本人が知らないわけがない」

《ならどうして里穂はその後見人とやらと一緒にいないんだ?静雄と会った時、里穂は一人で暮らしていたんだろう?》

「それが僕も不思議で仕方なかった。…でも少し分かったよ」



理由があるんだ。どうしても一緒にいることのできない理由が。
そしてそれに関して、彼女は僕達や、静雄にも隠していることがある。

新羅の言葉に、セルティは腕を組んで考えた。



「どこぞの情報屋に聞いてみれば分かるかもね」



臨也の顔を思い浮かべたものの、すぐに消したセルティ。
里穂が言いたくないことを本人以外から聞くのは気が引けた。



「ま、彼女はああいう性格だから意外とあっさり教えてくれるかもしれないよ?」



自分で聞くなんてできるわけないじゃないか。そんな勇気があればとっくに聞いてるよ。
セルティは文字を打つことさえせず、心の中で息を吐いた。









───────…










『お疲れ様でーす』

「あら里穂ちゃん、お疲れ様」



バイトのシフトが終わり、ロッカールームで着替えているとお局先輩も入ってきた。
そういえば今日の上がりは同じ時間だった。
メイド服のリボンを解くお局先輩を見て、ふと進路のことを思い出した。
………相談、してみようかな。



『先輩、相談があるんですけど…』

「あら珍しい。なあに?」



快く承諾をもらって、進路について話した。三者面談についても。
シズさんとのことを知らない人の意見を聞いてみたい。
お局先輩は真剣に聞いた後、少し考えているようだった。



「そうか…里穂ちゃん、そういえば女子高生だったわね」

『どういう意味っすか?』



返答次第では泣きますよ。



「ごめんごめん。進路ねえ、私も高卒だから人のことは言えないけれど、」



大学に進んだ方がいいんじゃない?
言われて、苦笑をした。
…やっぱりそうだよね。



「同じこと言うなあ、って顔ね」

『…え』



着替え終わった私は自分の顔を触った。
そんな失礼な顔してた!?



「分かるわよ、貴女が言いたいこと。勉強は好きじゃないし、お金もないしって?」

『…………』

「里穂ちゃんの事情は分かってるつもり。でも知らないことの方が多いのよ」



それを言われてしまっては、何も言えなくなる。
このバイトの面接の時、私は店長に自分の身の上を話した。
両親は事故で他界、親戚とはモメたので今は一人で暮らしてます、と。そんな簡単な説明ではあるが。
お局先輩もそれは聞いているはずだ。店長は先輩を信頼して従業員のことは殆ど話すと言っていた。

だから分かる。先輩が言っているのは"それ以外"のこと。



「だから、里穂ちゃんの求める答えはあげられないわ」

『…はい』

「幻滅した?」

『い、いえ!ありがとうございます』



頭を下げると、ぽん と肩に手を置かれた。顔を上げる。



「でももし本当に行くところが無いなら、私が店長にクチきいてあげる。店長だって貴女なら悪い返事はしないはずよ。一応固定客もいるしね」



私は、本当に恵まれている。



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