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『ま、待ってくださいクリスさん!この衣装はさすがに…!』

「何言ってるの!今日のコンセプトにぴったりじゃない!」

『コンセプトって何!?』



ざわ、



メイク室から出るとそこにいた全員が私を見てざわついた。
一番初めに駆けつけてきたのはさっきまで私を見て落胆していたスタッフさん。



「さすがですねクリスさん!こんなにも変わるなんて!いや本当綺麗になったよ 君…!!」



…今気付いたんだけど、この人結構失礼だよね。怒っていいくらい失礼だよね。
見た目が変わるとこんなにも態度が変わるのか。



「でしょお?この赤いドレスとの相性もバツグンよ!」



そう。何を隠そう私が今着ているのは真紅のパーティードレスだ。
しかも胸元がかなり開いている。ここだけの話、パッドを二枚も使ってる。これは詐欺になるのだろうか。



「里穂さん、綺麗だよ」



どこからともなくやって来た幽さんは、全身黒のスーツに細いネクタイをしていた。
メイクを終えたらしく、私を見て褒める。
う、うぉおあああああ!!!今の!!今のもう一回!!着ボイスにしたい!!
もう何だこの人!!天然でタラシだよ!!ていうか幽さんもすごくかっこ良いんですけど!?



『あの…今日って何の撮影なんですか?』

「あら、それも知らずに来たの?化粧品メーカーの新しい香水よ〜。コンセプトは"男を魅了する誘惑パフューム"」



予想を遥かに上回ったコンセプトだった!
実物はこれよ、とクリスさんが持ってきたのは綺麗な赤い硝子に入った香水。
なるほど、それで赤い衣装なわけだ。


『帰っていいですか』

「往生際が悪いわね!これだけ嫌がる子も珍しいわよ!」



だって荷が重すぎる。メインは幽さんだと分かっていてもやっぱり素人の私がモデルって…
それにもしその写真を真央ちゃんやシズさんに見られたら…
………死ねる。



「あ、君が今日のモデル?」

「…こちらはカメラさん」



幽さんが紹介してくれた男の人はカメラマンさんらしい。
いや、何どさくさに紛れて話すすめてんすか。
カメラさんはスタッフさんから事情を聞いて、なるほど と納得した。



「今日の撮影は雑誌の香水特集で使うんだよ。何枚か撮るんだけど、顔はあまり撮さないようにしようか」

『えっ、そんなことができるんですか?』

「俺はこれでもプロだからね」



高そうなカメラを持ち上げて、カメラさんが笑った。

準備が整って、真っ白なシートとカメラに囲まれたオフホワイトのソファーに座る。
や、やばい緊張する…変な汗 出てきた…
カメラさんが指示してくれるらしいけど不安で不安で仕方ない。何で私ここにいるんだろ。



「大丈夫。俺がリードするから」



ついてきて、と幽さんが私の頭を撫でる。
仕種がシズさんと被った。性格や雰囲気は真逆だけど、こういうふとした瞬間が似てたりする。
やっぱり二人は兄弟なんだ。



「じゃあ羽島くんは里穂ちゃんに誘惑されてる感じで…全体的にセクシーな雰囲気にしたいんだ。…できる?」

「そういう演技なら」

「オーケー。じゃあ任せるよ」



わあ、さすが俳優……じゃなくて!!
誘惑?誰が誰を!?私が幽さんを!?馬鹿か!!



「はい、じゃあ撮るよー。……って何でピース?」

『…あ、すみません、なんかクセで…』

「修学旅行の写真じゃないんだからさ。羽島くんキョトンとしてるよ」

「里穂さん面白い」



え!?今の面白がってたの!?
やっぱり幽さんは分かりにくい。

カメラさんにソファーに座るように促されて、幽さんと一緒に座った。
ああ…本当に帰りたい。



「里穂さん」

『…は、い!?』



名前を呼ばれたかと思えば、腕を引かれた。
幽さんはそのまま後ろに傾いて、私もそれにつられて倒れる。幽さんの背中のソファーに手をついた。



「お、いいねー!」



パシャ、とシャッターの音がした。
私が幽さんを押し倒した体制になっていることに気付いたのは二回目のシャッターが聞こえた時だ。



『すすすすみません!』

「このまま、もう少し屈んで」



も、もう無理です…!!!
幽さんのリクエストはレベルが高すぎるんだって!!
私はまだヒノキの棒しか持ってない駆け出しの勇者ですから!!
羞恥心と戦っていると、幽さんが手を伸ばして私の髪に触れた。ゆるく巻かれた髪を、耳にかける。
一連の仕草が様になり過ぎてて見惚れてしまった矢先、その手が後頭部に回り ぐい、と幽さんの方へ引き寄せた。
耳元に幽さんの息がかかる。



『…っ!?』

「"もう少しの我慢だ 里穂"」

『!?…し…!』



思わずシズさんの名前を咄嗟に呼びそうになった。
ここにいるのは幽さんのはずなのに、私を呼ぶ声が、雰囲気が、シズさんそのものだった。



「モノマネ、得意なんだ」



そう言った幽さんは、やっぱり生粋の俳優だ。


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