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―――――…





私は長い夢を見てたんじゃないだろうか。

昨日の朝 起きた時の感想はその一文に尽きた。
しかし立った瞬間、ズキリと痛んだ足首が夢じゃないことを物語っていた。

自動販売機を投げ飛ばすバーテン男、そして首から上がない女。
一昨日の自分はよくもまぁ簡単に受け入れてなぁと思う。我ながら自分の神経の図太さに感服した。
その思いは二日経った今でも同じだ。
しかも、



「俺のところに来るか?」



こんなにも日本語が分からなくなったのは初めてです。



『真央ちゃん、私は日本語を一から勉強し直すべきかもしれない』

「ハイハイ、いいから早く食べちゃってよ。私トイレ行きたい」

『真央ちゃんやめて。食事中にトイレとかそういうのやめて』

「いいから早く食えっつってんのよ。その山ほどあるパンの耳を」



真央ちゃんはげんなりしたような顔で私と目の前に広がるパンの耳を見た。



「あのね里穂、いくらお金がないからって毎日お昼がパンの耳って不健康極まりないと思う」

『でもちゃんとしたおかずも食べてんじゃん』

「そうね。クラスメイトから哀れられながら貰ったおかずをね」



哀れって…まぁその通りなんだけどさ。



「私はあんたが心配なのよ。里穂は完全に女子高生として色々かけてる」



真央ちゃんは小学校の時の同級生で、中学は違ったけどこの高校でまた一緒になったあたしの親友だ。
辛辣なところもあるけど、本当は優しい子だって私は知ってる。



「ちょっと、何トリップしてんのよ。さっさと食べないと友達やめるよ」

『…………』



うん、優しいって何だろう。



『…真央ちゃん』

「何?」

『もしさ、会ったばかりの男に一緒に住もうって言われたらどうする?』

「とりあえず抜けた頭のネジ拾って来いって言うわね。
それがどうかした?」

『で、ですよねー』



そりゃそうだ。そんなほんのり犯罪の匂いがすること、誰だってやらない。

しかし、そうも言ってられないのが現状だったりする。
昨日はバイトも休んで、放課後はずっと知るかぎりの不動産屋をはしごした。
けれど思った通りの物件は見つからず(ていうか、全部家賃が高すぎる)結局足を余計痛めることになってしまった。

はぁ、とため息をついてブレザーのポケットの中にあるレシートを見る。
へぇ、牛乳10本…10本!?
どんだけカルシウム接種してんのシズさん!まだ育つ気か!?



『…………』



家もないし金もないし足は痛いし…
あるのは怪力男の番号とパンの耳だけ。



『…電話、してみるか』

「は?」



私は首を傾げる真央ちゃんに何でもない、と言ってパンの耳を口に入れた。










♂♀










「お疲れ様ー」

『お疲れ様でしたー』



ところ変わってバイト先。
先輩達が次々とあがっていく中、私は服を着替えてふとロッカールームの時計を見た。



『7時か…』

「何か用事でもあるの?」

『あ、先輩』



にこりと微笑みながら隣のロッカーを開けるのは自称20歳の先輩。
初めは名前のさん付けで呼んでいたけど、「先輩って呼んでね!」とウィンクのオプション付きで言われたら、呼ぶしかないじゃないですか。
実際このバイトでのお局様だって他の人達には聞いているし、怒ったら怖いらしい。
つーか20歳でお局様って何!?絶対サバ読んでんだろ!



『や、用事っていうか…』

「?…そうだ、店長が褒めてたわよ」

『え、あのハゲの「こら」

『すいません』

「気持ちは分かるけどね」



分かるんかい!



「よく働いてるって言ってたわ。お客様にも評判良かったらしいわよ?」

『マジですか!?ありがとうございます!だったら時給上げろって言ってやってください!』

「急に馴れ馴れしいわねアンタ!……まぁ、頑張りなさい。でも看板娘の座は渡すつもりないわよ」

『看板…娘?』

「問題でも?」

『いえ!』

「そう。何かあったら言ってちょうだいね。私で良かったら相談にのるわ」



…私は金に恵まれてなくても、どうやら人間には恵まれてるらしい。



『…あの、じゃあ早速お願いが…』

「なぁに?」

『携帯、貸してもらっていいですか?』



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