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──────…





「ちょっ、困ります…!」

「いいじゃねぇか 少しくらい」

「あんたメイドさんだろ?奉仕してくれよ 俺達にもさあ」



何やら下品な男に囲まれたメイド服の女。
見たところ、十分可愛らしい部類に入る女は今にも泣きそうである。
それを楽しむかのように、男達はさらに詰め寄る。男の中の一人が、女の腕を掴んだ。



「なあ、ちょっとでいいからさあ、あんたもオタクの相手ばっかじゃうんざりだろ?」

「や、やめてください…!」



どん!

ビシャァッ



女が腕を掴んだ男を押した。
それは女が今出来る精一杯の抵抗であり、押すことにより男が他の誰かにぶつかることなど考える余地など無かった。



「…あ?」



ましてや、バニラシェイクを持った喧嘩人形にぶつかることなど、考えもしなかったのである。



「おいおい、調子にのるなよメイドちゃん」

「ひ…っ」

「おい」

「あ?邪魔すんじゃ、」



がし

男の頭があり得ない力で掴み上げられる。
足が地面から離れた。



「うわっ!?何だ!?」

「何だじゃねえだろ。手前 何したか分かってんのか?」



男の仲間達はその姿を見て、わなわなと震える。
事実に気付いていないのは掴まれている本人だけだ。
しかし、片手で人間を…ましてや、頭だけで持ち上げる人物など、池袋によく行く者ならすぐに想像がついた。



「へっ、平和島静雄!?」

「見ろよ これ。手前がぶつかってきた所為でバニラシェイク落っことしただろうが」

「ち、違う…!それはこの女が…!」



咄嗟に出た責任転嫁。
真実なのだが、それが静雄の怒りを増幅させることになる。



「あ?理由なんかどうでもいいんだよ。
"手前がぶつかって俺のバニラシェイクが無駄になった"その事実だけありゃあ十分だ」

「ひい…っ!あ、おい…っ」



逃げ出す仲間達。
男の呼び止める声など聞きやしなかった。



「覚悟はできてんだろうなあ?」

「うっうわぁああああああ!!!」











♂♀











「ったく、ただでさえ週一しか飲めねぇっつーのに」

「あ、あの…っ!」



事が済み、事務所に戻ろうとした静雄を一部始終見ていた女が呼び止めた。
静雄はそこで初めてまともに女を見る。
薄いピンクのメイド服にゆるく巻いた髪。
雰囲気からしてチンピラに絡まれやすそうな風貌だ。



「あ、ありがとうございます!助かりました!」

「別に…助けたわけじゃねえよ」



照れ隠しなどではなく、本心だった。
静雄は節約のため、シェイクは週一回と決められていた。
これは同居人の少女に「煙草か甘味、どちらかを週一にしないと食費が無くなる」と言われたことによるものだった。
律儀に守る自分を情けなく感じたが、少女の本気すぎる目に頷くしかなかった。
そんな貴重な週一のシェイクを無駄にされたのだ。
キレて当たり前。死ぬ覚悟があって当たり前。平和島静雄とはそういう男である。



「良かったら…これ」

「?…名刺?」



"まろん"と丸い字で書かれた名刺を受け取る。
よく見ると店名が見たことのある名前だ。

この店…里穂と同じとこか?



「私ここで働いてて、まだ見習いメイドなんですけどね」

「見習い…?」



暗に研修生という意味だったが、静雄に理解できるはずもなく。
まろんは首を傾げる静雄を くすりと笑う。



「名前を出してくれたらサービスしますんで是非来てくださいっ!」

「あー、まあ…」

「それじゃ、お待ちしてますね!」



呆然とする静雄を放置して、まろんは小走りで元いた定位置に戻った。










──────…









『まろん』

「はい?」

『私 定位置にいてっつったよね!?何移動しちゃってるんですか!?』

「もう…怒りん坊だなあ リホ先輩は」



ぷう、と頬を膨らませて拗ねるまろん。
ここまでくると逆に潔い。
わかった。この人はこのキャラでいくんだな。
だったら絶対そのキャラ崩すなよ。死んでも崩すなよ。



『戻ってきたらいないからビックリしたじゃん。この辺り治安悪いから連れ込まれたと思った』

「…心配してくれたんですかあ?」

『べ、別に…責任があるからね!私にも!』

「…でもリホ先輩」

『おい謝罪は?……今度は何?』

「私、運命の出会いしちゃったかも!」

『…………』



もう勝手にしてください。



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