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「……会いたい人がいて」

『会いたい人…?』



聞き返すとこくりと頷く。

イケメンだなぁ。
シズさんや臨也さんもカッコいいとは思ってたけど、やっぱり俳優は違うわ。
常識人っぽいし。



「平和島、静雄…」

『………へ?』



いわじま しずお…?

彼の形のいい唇は確かにそう呟いた。



「何処にいるか知らない?」



今日は遅くなるって言ってたから、きっとまだ仕事中だと思うけど…
って、そうじゃないだろ私。
何で超人気俳優がシズさんに会いたがってんの!?



『何でまた平和島静雄に…?』

「…どうしても会いたいんだ」



理由は聞いちゃいけないらしい。
ただ、あたしを見つめる黒い瞳はとても真っ直ぐだった。



『えぇっと…』

「知らないなら、いい」

『ちょっ、ちょっとタンマ!』



帽子を被り直し、出ていこうとする羽島さんの腕を掴む。



「…悪いけどサインは『そうじゃなくて!』

「…?」

『知らない…こともないい…というか、知ってるっていうか』



い、言っちゃっていいんだろうか。
実はシズさんと同居してます、だから会わせてあげられます、って…
まぁもう一生会わないだろうし、羽島さんが黙っててくれるなら大丈夫なんだろうけど。



『う、うちに来ませんか?』

「え?」

『あ!いや!怪しい意味じゃなくてですね!そのー、実は私 平和島静雄と一緒に暮らしてまして…』



そう言うと、羽島さんは私の予想に反して無表情のままだった。
あれ、あんまりビックリしてない…?



「………そう」

『驚かないんですか?』

「驚いてる」

『マジすか』



なんというポーカーフェイスだ 羽島さん。さすが俳優。



『それで、シズさん今日は少し遅くなるらしくて。よかったら家で…』



家っつっても私の家じゃないけど。
ここで時間を潰すには先輩の目があるから危険すぎる。きっと騒ぎ立てるだろう。
だからと言って外でうろつくのも…さっきの男が気になる。熱狂的なファンか何かかな。



「そうしてもらえると助かる。ありがとう」

『いえいえ!…でもその格好は目立ちますよね』



羽島さんの格好はさっきも表現した通り、コートとグラサンと帽子。
こんなので池袋を歩いていたら「私 有名人です!」と言って歩いているようなものだ。
怪しいことこの上ない。



「一番 地味にしてきたつもりだけど」

『うーん…何て言うかもっと一般人っぽい……あ!』



ピコーン!と豆電球が頭の中で光った。
そうだ!あれがあるじゃん!さっすがあたし!



『ちょっと待っててください!』



そう言うと、私はブツのある場所へ走った。









♂♀









「…これ…」

『フリーサイズだから多分いけると思うけど』



私が持ってきたのは、クマの着ぐるみ。
少し前に店のイベントに使って、そのまま物置に眠ってたものだった。
これなら羽島さんの姿は外からは見えないはず。



「かえって目立つんじゃ…」

『いや、今の格好よりはつっこまれてもフォロー出来る気がします』

「……………」



羽島さんはクマの着ぐるみとしばらく見つめ合い、頭を被った。
…おお…超シュール。
ものすごい笑顔のクマがこっちを見ている…



「これでいい?」



胴体も着替え終えた羽島さんは首を傾げた。
その仕草は外からはクマが首を傾げているように見える。

…可愛いなオイ。
自分で提案しておいて何だが、私はかなり馬鹿なことをしてしまったんじゃないだろうか。
俳優に着ぐるみって…

少し後悔したが、ロッカールームから出てくる先輩達の声がしたので、私達は逃げるように店を出た。


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