小説 | ナノ


▼ 04



『お疲れ、リヴァイ』

「…………」


ダリアは自分と同じく、逃げるようにしてテラスにやって来たリヴァイを見て笑った。
お互い慣れないドレスアップのせいか、少しよそよそしくなる。


とある貴族が主催するパーティーに参加して欲しい、と団長であるエルヴィンがダリアとリヴァイに頼んだのは三日前のこと。
二人はもちろん断ったが、憲兵や駐屯兵の代表とその中核を担う兵士の参加が決まっている手前、参加を余儀なくされた。
それでなくても三つの兵団の中で肩身が狭いのだ。調査兵団だけ行かないわけには行かなかった。


『兵長ってモテるのね。彼女、ランドルフ公爵のお嬢さんらしいわよ。何でも今年で18だとか。可愛いじゃない』

「高い声でぎゃあぎゃあと…くだらねぇ」

『あら硬派』


リヴァイは先程まで自分を囲んでいた女達を思い出す。
手入れされた髪、日に焼けたこともないような白い肌、筋肉の付いていない丸みの帯びた身体。
内地で大切に育てられた箱入り娘だ。美女揃いだと周りは囃し立てていたが、若いせいか妖艶さに欠けていた。


『あんまりぶすっとしていないでよ。エルヴィンに迷惑がかかるわ』

「迷惑を被ってんのはどっちだって話だな、そりゃ」

『今我慢すればいつか見返りがあるわよ』

「ケツを触られて黙ってる理由はそれか」

『…気付いてたなら助けなさいよ』


ダリアは訓練兵時代に培った対人訓練をここで披露するわけにはいかない、と我慢していた。
本当はすぐにでも蹴飛ばしてやりたかったが、エルヴィンの立場と、これからの調査兵団の資金を考えると理性が勝利したのだ。

その様子を見たリヴァイは、エルヴィンがハンジでもなくミケでもなく、ダリアを選んだことを理解する。
パーティー、とはよく言ったもので、要は貴族と商会との顔合わせ。そしてあわよくば息子娘の恋人、あるいは二番目の相手を見つける手段でしかない。
その意図を把握し、それなりに愛想がよく、貴族の機嫌を損ねない振る舞いが出来るのは彼女しかいないだろう。それでなくてもダリアは人の機嫌をとるのが上手い。ハンジが不機嫌なリヴァイをダリアに押し付けるのはよくある光景だった。
奇人変人の巣窟だと言われている調査兵団では適任な人選だ。


「尻軽だとでも思われているんだろう。ケツに重石でも付けたらどうだ?」

『いいわね それ。そうすれば貴婦人方にあられもない質問をされずに済むかも』


団長や兵長とは何回寝たの?と。
女が隊をまとめることなど珍しくもなんともないが、内地で暮らす人間はそれも分からないようで。
それこそ、ダリアが班長から分隊長になった頃は兵団内でも色々噂されていたが、一度壁外へ出れば消えて無くなった。
そんなことは、ダリアにとっては取るに足らないことだ。


『貴族は本当に噂話が好きね』

「気にしているのか」

『まさか。知ったことじゃないわ』


一度だけ。
たった一度だけ二人で夜を過ごしたことがある。
忘れる時間が欲しかったのだ。人類も、巨人も、背負っているもの全て。
慰める、というには乱暴で。八つ当たりというには優しい。後悔や愚かさや、どうにも出来ない憤りが入り混じる感情。
それをどうすることも出来ず、行為でしかぶつけることが出来なかった。
お前は生きている、と証明して欲しかった。"死"というものの真逆にあるその行為は、そこはかとない安心感を与える。


『それよりエルヴィンとリヴァイの格が下がることの方が心配』

「それこそ知ったことじゃねぇな。内地で馬鹿騒ぎしてる奴らにどう思われようと関係ない……おい、そこの憲兵」

「はっ!」


リヴァイが見回りをしていた憲兵に声を掛けると、すぐに敬礼をして次の言葉を待った。
少年の団服には型崩れは無く、恐らく新兵の類に入る。


「馬の準備をしろ。一番左にいる茶色の奴だ」

「し、しかしパーティーがまだ…」

「二度言わせるな。長居させたきゃもっと良い酒を用意しろと伝えておけ」


どうせ腐る程貯めているんだろう、とリヴァイは続けた。
ここで出た酒は本部で飲むものより上等なはずだが、彼の口には合わなかったらしい。
憲兵は短く返事をし、走って馬小屋に向かった。


『帰るの?ずるい』

「ならお前も帰ればいい」

『エルヴィンと馬車で来たから馬がないの』

「盗め。一頭くらい分かりゃしねぇだろ」

『…そういうわけにいかないわよ。それに今帰ったら「ダリア」


言葉を遮られ、ダリアは首を傾げた。実年齢より少し幼く見える仕草だ。
そういうところが隙があるように見えるのだとリヴァイは思う。しかし言ったところでどうにもならないのはこれまでの付き合いが物語っていた。


「帰って飲み直す。付き合え」

『私の話、聞いてた?』

「ああ。豚共の機嫌をとるか、俺の機嫌をとるか選べと言ってる」


調査兵団にとっても人類にとっても貴族より人類最強の機嫌の方が大事だ。それはエルヴィンに聞いても同じ。
「悪いが、付き合ってやってくれ」と困った顔をしながら笑うだろう。それどころか今日はすまなかったと謝罪されるかもしれない。彼はそういう男(ひと)だ。

ダリアは深いため息をつく。


『どこまでもお付き合いしますわ、兵長殿』

「その気持ち悪ィ喋り方をやめろ。…行くぞ」


今夜は長くなりそうだ、とダリアは明日の自分を心配した。




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