小説 | ナノ


▼ 03


「おいお前…ダリア」

『?何かよ、』


ガッ


身体が反転する。
何が起こったのか理解したのは、ダリアが背中と尻に痛みを感じた時だった。

ざわ、とそれに出くわした兵士がどよめく。
ダリアの松葉杖が蹴られたのだ。リヴァイは起き上がろうとした彼女の胸に自分の足を乗せ、それを阻止する。
体重を加えてダリアを見下ろす視線は、どことなく怒りを含んでいた。


『…いきなり何するの』

「こっちの台詞だ愚図。何だその様は。お前は調査の度そうやって怪我をするつもりか?」


ふざけんじゃねぇ、とリヴァイは眉間の皺を一層深くした。
リヴァイの耳にそのことが届いたのは壁外調査を終えた翌翌朝だった。

ダリア班長がまた部下を庇って怪我をしたらしい、と新兵が噂していたのだ。
帰還時、リヴァイとダリアは顔を合わせていた。馬に乗った状態であるが、皆 無事だとそう言ったのはダリアだった。
その後の報告書でも、彼女の怪我に対しての情報は一切無かった。


「報告書に嘘を書くとはな」

『…ただの捻挫よ。すぐに治る』

「俺の部屋を通らず遠回りしていた理由はそれか?歳のわりにガキ臭ぇことしやがる」

『…だってリヴァイ、絶対怒るもの』

「ほう…怒っているように見えるか?」

『………』

「分かっててやってるなら話が早いな」


足が退かされて、ダリアは松葉杖に手を伸ばす。
片足を器用に使い、立ち上がろうとした。


ガッ


再び蹴られた松葉杖。
倒れるというよりも、叩きつけられたような痛みだった。ダリアは眉を顰め、リヴァイを睨んだ。


「誰が立っていいと?」


しん、と静まりかえる廊下。周りの人間は見て見ぬフリも出来ず、ただ茫然とそれを見ていた。


『…嘘を書いたことは謝る。ごめんなさい』

「あ?書類なんざ、書き直しゃいいことだろうが」

『じゃあ何がそんなに気に食わないのよ。心当たりがないわ』


ダリアの言葉に、リヴァイは更に険しい顔をした。
そして辺りを見渡し、見ている兵達に向かって口を開く。


「…何人だ?」


兵達はわけがわからず、ただお互いに顔を見合わせた。


「この中で何人こいつに助けられた?」

『…リヴァイ』

「そしてこいつがいない調査で、何人分の戦力不足が出ると思う……おいお前、答えろ」

「えっ、あ、」

『リヴァイやめて!』


ダリアは一人の兵士に近付こうとしたリヴァイの足を掴む。
しかしそれはすぐに振り払われた。


『彼らの命が助かるなら例え足一本でも安いものだわ』

「寝言にしちゃはっきり言いやがる。…ダリアよ、お前の心臓は誰に捧げた?兵士に志願しておきながら誰かに護ってもらわなきゃ生きていけねぇ奴らか?」

『…私は兵士だけが護る側だなんて思わない』

「物分かりの悪ィ頭だ。視野が狭いと言ってる」

『貴方は物分かりが良いのにそんなことを言うのね。…私は二度と仲間を見殺しにしたくないだけ』


彼女がある時から自分を犠牲に戦い始めたのは随分前から分かっていた。
理由は簡単に想像がついたが、リヴァイには到底理解出来ないものだ。
団長であるエルヴィンも「死に急いでいるように見える」とこぼしていた。このままでは本当に手遅れになる、と。
調査兵団にとって班長であるダリアは、他の兵士よりも無くてはならない存在だった。

リヴァイは屈み、ダリアの胸ぐらを掴んで引き寄せる。乱暴な手付きは地下街にいた頃の名残りだ。
ダリアはリヴァイから目を逸らさず、真っ直ぐ瞳を向けた。


「お前が生きのびることで多くの人類が食われずに済む。犠牲を払って救った奴より遥かに多くの、だ」


そのまま立ち上がり、ダリアもリヴァイに引っ張られるようにして立った。
リヴァイの言葉の意味を理解したダリアは何も言い返せない。
彼の言うことが理にかなっているのはダリアとて分かっている。
でも。それでも。そう思ってしまう自分が嫌になった。


「そいつが自分の命に似合う価値があるか見定めろ。護りたければ強くなれ。それだけだ」


その言葉がダリアの脳にこびり付いて離れなくなったことを、リヴァイは知らない。










──────…










『ってこともあったわよね』


リヴァイの執務室で書類を整理しながらダリアは笑った。
リヴァイはというと、突如出てきた昔話に反応を示さず、淡々と報告書に目を通す。


『エレンみたいに躾られなくて良かったわ。この歳で歯が抜けるのは勘弁』

「馬鹿言え。あの時 蹴飛ばしていたら歯だけで済んだと思うか?…おい、やり直しだ」

『…あら恐い。…どうしてよ』

「端が揃ってない。気色悪ィだろうが。合わせろ」

『細かいなあ』


文句を言いながら書類を整えるダリアを見て、リヴァイは当時のことを思い出す。

班長だったダリアの班は生存率が高いと評判だった。
それに似合う犠牲を彼女が払ってるとも知らず、兵士達は彼女の班に配属が決まると喜んだ。
…その姿勢が前々から気に入らなかったのだ。そしてその気の緩みを知らないダリアにも苛立ちを覚えていた。


『…リヴァイ』

「口を動かさず手を動かせ」

『分かってるってば……ありがとう』


リヴァイの手が止まる。ダリアと目があった。


「…明日にでも壁が破壊されるか?」

『縁起でもないこと言わないでよ』

「縁起なんてもん気にするタチか?」

『もう…本当に感謝してるんだから』

「成長が見られないがな」


ダリアはソファの横に掛けている松葉杖を見て苦笑した。
仕方が無い。身体が勝手に動いてしまったのだから。


『今回は私も少し無茶をしたと思うわ。エドは…少し彼に似ていたから』

「………」


新兵のエドは訓練での成績もそう悪くない、礼儀正しい男だった。
短髪の少し赤みがかった髪は、ダリアの遠い記憶にある男に似ていた。彼女が仲間に固執するようになった男だった。


『でも前よりマシになったでしょう?リヴァイに言われたことを目標に生きてるのよ』

「覚えがねぇな」

『…本当?だとしたら、あの時もエルヴィンに頼まれたのかしら』


意味深な笑みを浮かべるダリアに、リヴァイは全てを悟る。小さく舌打ちをした。


「余計な入れ知恵しやがって……あのクソメガネ」

『誰もハンジだなんて言ってないわ』

「おい、その顔をやめろ。削ぐぞ」


再びダリアが笑うと、リヴァイは持っていたペンを彼女に投げた。




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