▼ 02
「あ!ダリア!」
ダリアが車椅子で食堂へ向かうと、ハンジが手を上げる。
後ろを押す後輩であるペトラは車椅子をハンジの横につけ、向かいに座った。配給されたパンを手にとったハンジがダリアを見る。
「怪我、良くなった?」
『うん。って言いたいところだけどぜーんぜん。次の調査には間に合いそうにない』
「え!?ダリア分隊長、次の調査行くつもりだったんですか!?絶対駄目ですよ!」
ペトラが止めるのも無理は無かった。
次に壁外に出るのは三週間後。現在まともに歩けない状態のダリアが壁外に行くなど、自殺行為だ。
『こういう時だけ巨人の回復力が羨ましいわ』
「そんなことを言ったらリヴァイがキレるよ」
『リヴァイはこんなことでキレないわよ。すごく馬鹿にするだろうけど』
「……兵長といえば…」
ペトラが思い出したようにダリアを見た。
ダリアは何も分からず首を傾げる。
「ハンジ分隊長、聞いてください。兵長、ダリア分隊長の部屋に無言で入ってくるんですよ」
それは数日前、彼女がダリアの部屋で着替えを手伝っていた時だった。
ダリアがブラウスを羽織った状態のまま、ノックもせずに開いたドア。思わず叫んだのは半裸のダリアではなくペトラだ。
「もう私、心臓が飛び出るかと思いましたよ!」
『いつものことだけれど』
「まあデリカシーは無いね、彼。だけどダリアを一番心配してたのはリヴァイさ」
『まさか。怪我をしてから執務室でリヴァイの雑用ばかりよ?嫌味も言われるし…勘弁してほしいわ』
「ああ、それで最近のリヴァイは機嫌が良いわけだ」
『私はリヴァイのストレス発散するために怪我したわけじゃないわよ』
「アハハ!でも心配してたのは本当さ。エルヴィンにダリアの合流が遅いって聞いた途端 飛んでたったんだから」
ハンジの台詞にダリアはスープをすくった手を止めた。
『…エルヴィンが私の所に行かせたんじゃないの?』
「いや?エルヴィンはもう少し待とうって言ったよ。けどリヴァイが"あいつが遅れるようなタマか"って」
驚いたようなダリアに、ハンジはやっべえ、言わない方がよかったかも。と自分の身を案じた。
そして更にハンジは一週間前の調査のことを思い出す。
あの日 ダリアは巨大樹林付近の配置であった。もちろんそれを決めたのは団長であるエルヴィンと兵長のリヴァイだ。
彼女はリヴァイ程では無いが、訓練兵時代は憲兵に行ける実力を持っていた。それは今の今まで彼女が生き延び、分隊長という地位についていることが証明している。
しかしあの時リヴァイの言葉で、ハンジに一抹の不安が過っていた。
そういえば、彼女の周りの兵士には壁外に出るのが二回目の部下が配属されていた。
おそらくダリアは彼を自分の側に付ける。
昔、ダリアが班長だった頃。彼女の隊は生存率が高いと兵団でも有名だった。
理由は様々であるが、彼女が自分の命を顧みず部下を助けるということが主にあった。仲間を失いたくないという思いが、他の人間より強いのだろう。
もちろんそれはハンジも同じだが、自らの命と引き換えにするなら話は別だ。ハンジには多少の犠牲を払ってでも成し遂げなければならないことがある。人類ために、そしてそれは自分のためでもあった。
だが彼女にとっては、何より優先されるのは仲間の命である。
ダリアの強さは、巨人を倒すためでなく仲間を護るためのものだ。
ウォールマリア奪還作戦があった日から、彼女は必要以上に自分を犠牲にするようになった。
それが原因で、昔 一度リヴァイと揉めたことがある。だから少しはマシになったと思っていたが。
「ダリア分隊長?どうかしましたか?」
『…いや、リヴァイに聞いた話と違ったから…』
訓練兵時代から付き合いのあるハンジでも気付かなかったことを、リヴァイは配属表を見た時点で的確に予測していた。
そして図らずもその予測は当たり、彼はダリアの命を救ったのだ。
「……本当、焦れったい」
『え?何?』
「ん?何でもないよ」
首を傾げるダリアをよそに、ハンジは既に硬くなったパンを口に入れた。