小説 | ナノ


▼ 01


シュウゥゥ、と倒れた巨人が煙を上げる。
それを見ながらダリアは頬に付いた血を手の甲で拭い、なまくらになった刃を捨てた。
通常種が二体で刃が一本。無駄遣いしてしまったことを少し後悔したが、そんなことをしてる場合ではなかった。
くるりと身体の向きを変える。明らかにさっきまでの巨人のものとは違う足音が近付いて来る。


「ダリア分隊長!!奇行種が一体こちらに向かっています!!」


見張りを任せていた部下が声を上げる。
仕留めやすいよう、立体起動が発揮しやすい巨大樹林に誘い込んだ。
ダリアの近隣にいた兵士は彼女を含め六人。あとの四人は森林の入口での見張りを任せていた。
しかし、その四人がいる方向から奇行種が来るということは、恐らく。
ダリアは刃を新しく変え、巨人の姿を確認した。


『エド!二人で仕留める!貴方は注意をひいて!その隙に私がうなじを削ぐ!』

「はい!」


立体起動装置のガスを吹かす。
…大丈夫。あと一体ならどうにかなる。こいつを仕留めたら前方にいるエルヴィンに合流できるはずだ。

12mというところか。巨人は雄叫びを上げた。
足に力を込め二人同時に地面を蹴った。ダリアはアンカーを数メートル上の木へめり込ませ、巨人の後ろへ回り込もうとする。
しかしそれを許さない巨人が彼女に向かって腕を振り上げた。

ダリアは素早くそれに反応し、狙いを定めて斬り落とす。血しぶきが顔にかかった。
地面に落下していく腕を視界の端に捉え、アンカーを次の位置に移した時だった。


「う、うわぁあああああ!!!」

『エド!』


気を引くはずだったエドが巨人に捕まった。
普通なら腕を落とした痛みでしばらくは動かないはずだが、奇行種だと言われればそれまでだ。
彼の頭を摘まんだ巨人が大きな口を開けて迎え入れようとする。


『…くっ!』


間に合うか分からないがそうするしかなかった。
ダリアは巨人に向かって一直線に跳ぶ。今の彼女には巨人に怯える部下しか見えていない。

剣を構え、エドを掴む指先を切り落とした。素早く身体を回転させる。
そして巨人の口へ入る寸前に、彼の身体を明後日の方向へ蹴り飛ばした。
そのままエドに変わって口内へ落下する。防ごうにもこの場所からアンカーを飛ばしても間に合わない。
そう悟った彼女は再び剣を構えた。


『はぁっ!』


巨人の舌ごと下顎を削ぎ落とす。そしてすぐに離れてた木にアンカーをとばした。


『!しまっ、』


しかし次の瞬間、彼女の前に広がる黒い影。それが巨人の手だと分かった時には、既に木に叩きつけられた後だった。


『か、はっ』


ズルズルと身体が落下する。背中の痛みで声が思うように出ない。
咳き込むと口内に鉄の味が広がる。
早くやらなければ、切り落とした腕が再生する。指先だけ切ったのが間違いだった。腕ごとやれば、こんなことには。


『エド、…うなじを…っ!私は動けそうにない、から!』

「……あ…、あ…」



ボヤけた視界でも分かる。彼には既に戦う意思がない。
エドは巨人と交戦して時期が浅かった。だから分隊長である彼女と行動をしていたのだ。


『…こんな、ところで、』


死ぬわけには、いかないのに。
多くの仲間が望む自由を手に入れるまで。人類が勝利するその日まで、私は。

再生した巨人の腕が近付いてくる。


『………っ…クソッタレ』


ダリアは指さえ動かせない身体を木の幹に預け、静かに目を閉じた。





















目を開ける。たいして綺麗でもない天井が視界に入った。
しばらくそのまま天井を見つめ、ダリアはここが自室であることを理解する。
上体を起こそうと、腕に力を入れた。


『…っ』

「アバラと手脚イカレてんだ。そりゃ痛ェだろうよ」


痛む身体に顔を顰めると、何処からともなく声がした。ダリアは唯一動く首をそちらに向ける。
声の主は足を組み、優雅に紅茶を飲みながらソファに座っていた。


『……リヴァイ』

「何だ」

『…それ、エルヴィンに王都のお土産で貰った…貴重な茶葉…』

「道理で不味いわけだ。俺が処分しといてやる」


余計なお世話だ、とダリアは息を吐いた。
次の壁外調査から帰ったら飲もうと思って大切に取っておいたというのに。
そう、生きて帰ったら。


『…リヴァイが助けてくれたの?』

「…合流が遅いとエルヴィンが俺を寄越した。…上司が死にかけてるっつうのに小便漏らして怯えるだけたぁ大した部下だな」

『…エドを悪く言わないで』

「代わりに礼を言ってくれと頼まれた。自分で言えと跳ね返したが」

『…そう』

「あいつはもう使いモンにならねぇ。明日にでも除隊を申し出る」


一度巨人に屈した者は、二度と戦えない。仲間の死や、自分の命の危険に直面すると、恐怖に勝つことが出来ない。
彼の判断は自分を護るための最善の策だ。それはダリアもリヴァイもよく理解していた。


『今回はもう駄目かと思った』


その言葉を聞き、リヴァイは内心驚いた。彼女とは長い付き合いになるが、弱気な発言などあの日から聞いたことがなかったからだ。
あの日…人口の三割が巨人の腹に収まった奪還作戦の日から。

リヴァイはカップをテーブルに起き、ベッドの脇に立った。天井を見上げるダリアを見下ろす。


『走馬灯ってあるでしょ?あれ、絶対 嘘』


乾いた笑みが漏れる。
リヴァイを視界の端に捉えたままダリアは続けた。


『もう死ぬって思った時、後悔しかなかった。仲間達の死に報えなかった後悔。本当、最悪の気分』

「だが、お前は生きている」


リヴァイは力の入っていないダリアの手を取った。彼と目を合わせた瞳が揺れる。
生きている証である手の温もりが、彼女に安心感を与えた。


「精々生きろ。俺が巨人を絶滅させるその日まで」


ダリアは返事をせず、ただリヴァイの手を握り返した。

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