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「入るぞ」
『そういうのはドアを開ける前に言ってくれるかしら』
突然の訪問者に、風呂上がりで下着とシャツを身に付けたのみのダリアは息を吐く。
訪問者…リヴァイは動じず、さも当たり前のように椅子に座った。ダリアもダリアで慌てることも叫ぶこともなく、そのまま彼の分の紅茶を準備する。
突然の訪問はいつものことである。それに、今更下着を見られたところで恥ずかしがるような仲でもない。
「ノックしてもお前はろくに確認もせず開けるだろうが。俺が何度注意したと思ってる」
『そうだっけ?』
「…お前の頭が巨人並だということは分かった」
そういえば、かなり前にそんなことを言われた気がしなくもない。でも普通ノックくらいはするものじゃないのか。
…そんな常識を告げたところでこの男は聞きやしないだろう。
『本部に来てたのね。知らなかったわ』
「もう帰る。その前に寄っただけだ」
『私に何か用?』
「用が必要だったか?」
リヴァイと視線が合った。
数秒 間が空いてから、ダリアはティーカップに紅茶を注ぎ、向かいの椅子に座る。
ついでに引き出しに閉まっていた茶葉の缶を差し出した。彼が気に入っている銘柄のものだ。
駐屯兵の友人から譲り受けたものだが、茶葉にそこまでこだわりのないダリアにとっては他のものとは変わらなかった。
『これが目当てでしょう』
「分かっていたならさっさと出せ」
『偉そうにするならあげないわよ』
チッ、と舌打ちが聞こえた。
…もう少し感情を包み隠せないものか。
今更彼にそんなものを求めるのは間違っていると知りながらも思わずにはいられない。
リヴァイはそんなダリアの気持ちを知る由もなく、カップに注がれた紅茶に口を付けた。
『それはダージリンって言ったかな。どう?』
「…悪くない」
つまり美味しいということか。
怒りの感情には素直なくせに、こういうことは遠回しだ。
ダリアは長年の付き合いで、彼の感情を読み取る能力はかなり上がった。
しかし、兵団ではまだまだ少数派だ。
『…前々から思っていたけれど、貴方は自分の言葉足らずな表現と、それが与える他人への印象を考えるべきよね』
「あ?」
『前にエレンと私の鍛錬を見ていた時も、素直に応援してあげれば良かったのよ』
「あれは本心だ。俺に嘘を付けと?」
『…もう少し相手の気持ちを考えてって言ってるの』
あの時のエレンはかなり凹んでいた。
ダリアに負けただけでもショックだったろうに、追い打ちにあのリヴァイの言葉。士気が下がっても何ら不思議はない。
…そういえば…ペトラが前に似たようなことを言っていたような。
ダリアは特別班が組まれてすぐのペトラの発言を思い出す。
『貴方、ペトラ達が作った夕飯にも''まあまあ''とか''悪くない''しか言わないんでしょう』
特別班では夕飯は当番制とっている。主にリヴァイとエレン以外のローテーションなのだが、毎回毎回リヴァイに感想を聞いては試行錯誤をしているらしい。
ペトラは女子であるし、リヴァイは憧れの存在だ。 一言でも「美味しい」と言って欲しいのだろう。
…リヴァイの言葉足らずの良い例だ。
「飯の感想なんてどうでもいいだろう」
『…さてはリヴァイ、褒めるのが恥ずかしいのね?』
「馬鹿言え。俺はよく褒める方だ」
どの口が言うのだろうか。
ダリアは数秒呆気に取られた。
リヴァイと比べるとエルヴィンやハンジの方が褒め上手だ。
『難しいだろうけど、そういう小さな心遣いは大切よ。皆のやる気も変わるわ』
「…くだ『らねぇ、なんて言わずに、試してみたら?』
にっこり、とダリアは笑う。
ダリアはこういう人の精神面に関しては、兵団の中でも群を抜いている。一般兵からの人望も厚い。
特別班のメンバーも、彼女に面識のある者ばかりだ。
つまり対巨人はともかく、対人に関してはダリアの方が一枚も二枚も上手である。
リヴァイは二度目の舌打ちをした。
『今更美味しいって言うのが嫌なら、こう言えばいいわ』
ダリアは椅子から立ち、リヴァイの耳に口を寄せた。
そっと囁いた言葉は、確かにリヴァイ届く。
「…そんなことで喜ぶタチか?」
『大丈夫よ』
「……分かった」
リヴァイは一口紅茶を飲み、笑うダリアを見た。
「お前を信じよう、ダリア」
*
夜。古城では特別班が食卓を囲んでいた。
今日は配給されたパンとイモと肉のスープ。スープはオルオが昨晩から考えていたメニューだ。
カチャカチャ、と食器の音だけが部屋に響いていた。
バン!
「いやー、エレンは本当すごいよ!あ、お食事中?」
そこへ、ハンジがいつもの調子で入ってきた。
今日はエレンの様子を見に来ていたのだ。ハンジの分の食事を用意していることを聞き、彼女も食卓に並んだ。
「いっただっきまーす!今日の当番は誰?」
「お、オレです」
「へえ、オルオか!料理出来たんだね!」
褒められて、少し照れるオルオ。
しかしすぐに「当たり前だ」と言いたげにペトラを見た。ペトラは呆れた。
「…どうですか?」
一口スープを飲むハンジを見て、オルオが尋ねた。ハンジは口をモゴモゴ動かしてから笑って答える。
「うん、美味しいよ!ねえリヴァイ?」
その瞬間、ザッと音がするんじゃないかという勢いで全員がリヴァイを見た。
それを気にする様子もなく、リヴァイはすぐさま口を開いた。
「ああ、」
悪くない。と言おうとして、先日のダリアの言葉を思い出した。
彼女の言いなりになる気は更々無いのだが、試してみる価値はある。これで皆の士気が高まるなら安いものだ。
リヴァイはパンくずの付いた手をナフキンで拭う。
「オルオ」
「は、ハイッ!すいません!薄味過ぎたかもしれません!」
「いや…」
スッ…と細められたリヴァイの目。
オルオは怯え、周りの人間は生唾を飲んだ。
そこにいた全員がリヴァイの次の言葉を待つ。
「お前はいい嫁になるだろうよ」
数秒後。
ハンジが噴き出したスープがリヴァイにかかり、大惨事になったことは言うまでもない。