目の前に広がる活字活字活字、本を読むのは嫌いじゃなくて、
むしろ好きなのに文字という記号は個の役割を果たしているだけで、
何も内容は頭に入ってこなかった。
この間買った新しい紅茶にたっぷりの蜂蜜を入れてお気に入りのティースプーンでかき混ぜても
全然飲む気が起きない。
ふわりと焼きあがった焼き菓子にかじりついても、おいしいと感じない。
壁にかかった振り子時計の針が3と12を指して、ボーンと鈍い音を響かせる。
すっかり冷めた紅茶を一気に飲み干して、あくびを一つかいてから、机に突っ伏した。
「退屈で死にそう」
体を突っ伏したまま顔を横に向け、携帯を開く。
ディスプレイにはデジタル式の時計が表示されているだけで、何も変化はなかった。
そのまま携帯を閉じ、後ろに放り投げる。後ろから鈍い音がしたが気にしない。
しばらく突っ伏していると後ろでガチャリと扉が開く。振り向くとそこには風介が立っていた。
風介は床に転がった外装が外れ機械がむき出しになった携帯と俺の顔を交互に見て、ため息をついた。
「ヒロト、イライラした時に物を投げる癖、直した方がいいよ、それから人の顔を見た途端がっかりするのはやめてくれないか?」
「え?」
確かにイライラして物を投げる癖はあるけれども、あいにく人の顔を見て落ち込む癖は持ち合わせていない。
「無自覚?でも今すごく私は落ち込んでいますっていう顔をしているよ」
「そんなことないよ、ほら」
風介に見せつけるように笑みを浮かべれば風介は再び溜め息をついた。
風介の方が失礼だと思うのは気のせいだろうか?
「まあいいけどね、晴矢ならもうすぐ帰ってくるよ」
「ほんと!?」
思わず声が高くなってしまった俺を見て風介はまたため息をついた。
ここまでされると少し落ち込むのだけど、
「嘘なんてつかないよ、まったく、こっちの身にもなってほしい」
「…?」
「なんでもないよ、それより、私に紅茶を淹れてくれないか?久々にヒロトの淹れた紅茶が飲みたいんだ」
「うん、わかった、じゃあ今から淹れなおすね」
俺がポットを持って上機嫌に立ち上がれば、風介は俺の裾を引いて俺を引きとめた。
「どうしたの?」
そう聞けば風介ははっとしたようにあわてて手を離す。
「えっと、やっぱり私も手伝う」
「めずらしいね、風介が手伝ってくれるなんて」
「私だってたまにはそれくらいする」
風介は俺の手を握り直して歩き出した。
力がこもっているのか握られた手は少し痛くて、でもなんだか振りほどけなくて、そのままキッチンへと向かった。
「ふふっ、じゃあお菓子を温め直してもらおうかな」
「任せろ、凍てつく闇の恐ろしさを菓子に教えてあげるよ」
「いや、凍てついちゃだめなんだけど…」