ヒロトは苛立ちを隠せずドンっと乱暴に珈琲の入ったマグカップを二つ机の上に置き、どさりと椅子に座る。乱暴に置いたせいか机には微量の珈琲がこぼれている。玲奈はそんなヒロトを一目ちらりと見、再び目を雑誌に戻す。
「あー、もう!何あいつ!!!」
「世宇子のキャプテンのことか?そこまで嫌がってなかったじゃないか」
再びヒロトを見ることはなく、玲奈は湯気がうっすら立つ珈琲をすする、ヒロトが淹れたそれは芳醇な香りで玲奈の鼻腔をくすぐる。
「あの時は驚いて何も言えなかったの!亜風炉照美許すまじ!」
ヒロトはギリッと歯軋りをし、机を勢いよく叩く。そんなヒロトに玲奈は肩を竦ませる。
「そんなに怒ることか?」
「ファーストキスだったんだよ!?」
玲奈は知らされた事実に珈琲を噴き出しそうになるが、プライドと女としての何かを捨てないために、冷静さを何とか保つ。
「…その事実に私は驚きだ」
「俺のファーストキスは円堂君って決めてたのに!!」
「良かったじゃないか、叶わない願望を願い続ける前に壊されて」
玲名はさして興味が無いのか、雑誌から目を移さずヒロトと応答する。
「酷い!!俺と円堂君はもうフラグが立ってたんだよ!?」
「…そんな画面の中の話よりも、練習が始まる時間だ」
「え、現実の話じゃないこと確定なの?」
玲名は椅子から立ち上がり、グラウンドへと向かう。玲名の背中をヒロトは急いで追いかけ、横に並ぶ。久しぶりに玲奈達と楽しいサッカーが出来ると考えればヒロトの心は心なしか弾んでいた。
「ヒーロートー君!」
グラウンドに到着すると、ヒロトは後ろから思いっきり抱きしめられた。犯人は先ほどの話題の主、亜風炉照美だ。ヒロトは嫌悪感に無意識に眉間に皺が寄る
「うわー」
照美がヒロトの顔色を伺うように後ろから覗き込めば、ヒロトは照美が覗き込んでいる方とは逆側に顔を背ける。
「うわーって、…酷いなここは喜ぶべきじゃない?」
「なんで君に抱き着かれて喜ばなきゃいけないの?というか早く離れろ」
照美は酷いなぁと言い、頬を膨らまし、からかい気味に人差し指で、ヒロトの頬をつつく。
ヒロトはその手を容赦なくぺしりと叩き落とす。
「えへへー、ヒロト君って実は結構口悪いんだね、可愛い」
「なんで今ので可愛いに繋がるのかわかんないよ!ちょっ、馬鹿!腰に手回すな!」
照美が腰にするりと手を回せば、ヒロトがその手を必死で退けようとするが、意外にもがしりと掴まれており、なかなか退けられない。そのまま腰を撫でられ、ゾクリと寒気がし、鳥肌が立つのをヒロトは感じた。
「だって抵抗されてからの“デレ”って凄く可愛いよ」
「ウルビダー!助けてー!!ここに変質者が!!」
「今日は私がキャプテンで練習を行う」
ヒロトは思わず玲名に助けを求めるが、ヒロトと照美のやり取りを見て、関わると面倒になると察知したのか、玲名は無情にもヒロトから顔を背け、メンバーたちに指示を出す。
「裏切り者!!」
その後ヒロトと照美が練習に加わったのは30分後、ヒロトは玲名から倍の練習メニューを受け、当てつけとばかりに、流星ブレードをがむしゃらに打ち込み、ゴールキーパー、歩星呑一を悩ませたのであった。