「名前さん」
「はい?」
「今日名前さんの家に泊まってもいいですか?」
「…はい?」
まだしっかりと冬の冷たさを残した風が吹く3月某日。まだまだ春とは言いがたい今日、彼氏である黒子テツヤ君は高校を卒業した。
「…いやほら、同級生たちとの卒業パーティ的なのとか、あるんじゃないの?」
「もちろんありますけど」
「じゃあ、」
「どうせ火神君の家で騒いで朝を迎えるだけなのでこっそり抜け出して名前さんのところに行こうと思ってます」
「あれ?うち来るの確定事項なの?」
助手席に座っている彼は卒業証書の入った筒を器用にくるくると回しながら何の気なしに爆弾発言を繰り返していて。これは不味い事態だ。彼はこうと決めたら結構譲らない。意外と頑固なのだ。
「ていうか、本当にマジバでいいの?せっかくの卒業記念なのに」
「僕たちの思い出の場所ですから。マジバが、いいんです。」
そう言って薄く微笑むテツヤ君。可愛いこと言ってくれちゃってという言葉は心の中だけに留めて(子供扱いすると意外と怒るからね)思い出の場所へ向かう為エンジンをかけた。とりあえずうちに来る問題はマジバについてから却下の方向で話を進めよう。
テツヤ君との出会いは本当に偶然だった。当時新卒だった私は社会の荒波に揉まれ過ぎてボロ雑巾みたいな状態で、夜のマジバで一人呆然とポテトを食べていた。どんどん冷めて硬くなっていくポテトすら悲しくて、なんだか泣けてきてしまって。ひっそりと泣いているととても影の薄い男の子に声を掛けられたのだ。
「あの、」
「、わ、びっくりした、」
「びっくりさせてすみません。よかったらこれどうぞ」
「…ココア?でも、」
「…とても綺麗だったので。ナンパと思ってもらっていいです。」
普通に学生服を着込んだ青年というよりは少年に近いような男の子にまさかそんな風に声を掛けられると思ってなくて。(聞いたら彼は当時高校2年生だった)
そもそも男女の出会いではないはずだったのだ。私から見たらまだまだ彼は子供で未来ある若者だった。それがまさかこんな関係に発展するとは全くの予想外だった。
「はい、着いたよ。」
「ありがとうございます。それで今日なんですが、たぶん9時くらいには行けると思います」
「だから勝手に話を進めないの!駄目ですうちに来るのは!」
「なんでですか。名前さんが拘っていた高校生NGの呪縛はもうないはずです。」
平日のマジバの駐車場で繰り広げられる押し問答はどう考えても昼間に話すような内容ではない気がして。とりあえず店内じゃなくてよかった。眉間に少し皺を寄せてシート越しに少しずつ距離を縮めてくるテツヤ君に後ずさる私。後ずさる程のスペースもないんだけど。
「でも、テツヤ君まだ十代だし、」
「十代でももう結婚だってできる年齢です。」
「そうだけど、」
彼は高校生で私は社会人、それは思った以上に私にとって大きな問題だった。彼からの猛アプローチに陥落してしまっただけでも自己嫌悪したのにまさかそんな大人の付き合いなんか出来る訳もなく。【高校卒業までは清く正しいお付き合いをすること】という第一条件を付き合うときに出したくらいには、私は彼との付き合いに罪悪感を感じていた。
「名前さんが僕と付き合うことに後ろめたさを感じているのは解ってます」
「テツヤ君…」
「でもだからこそ、今日をどれだけ待っていたか解りますか」
「っ、」
「僕だって、健全な男だ」
吸い込まれそうなブルーの瞳が真剣にこちらを射抜いてきてなにも言えなくなる。頬を滑る掌は少年のような外見とは裏腹にしっかりと分厚くて男の人のそれだった。ぞわりと背筋が麻痺したような感覚になる。ずっと触れるのは拒んできたのに、いざ触れられたらこんなにも嬉しいなんて。
「名前さんと過ごせる時間を一瞬だって無駄にしたくないんです」
「、ずるい」
「どっちがですか」
「え、んん、」
「昼からそんな顔されて、夜まで待つなんて拷問です」
今日で世界が終わるとしたら
(唇が離れて映った瞳は獣のようだった)
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初の黒子っちでした。
初なのになんだこのアダルティさは…
私の中の黒子っちはなぜかテクニシャンな模様
20170308 みつこ