「…ツイてないっスわ」


大きなため息を溢しつつ向かったのは昼時の購買部。あー、絶対混んでるっスよコレ。なんでコンビニ寄り忘れたんだろ自分。

ちょっと足を伸ばせば街中に出るものの、周辺はコンビニなどの商業施設に乏しい海常高校。(なにしろ敷地が広すぎるってのが原因な気がする)
その為、昼時の購買部はさながら戦場なのだ。憂鬱な足取りで購買部のある一階への階段を下り、廊下を歩いていると前方から見覚えのある人物が。


「あれ?キセリョくんだ!」

「え?あれ、名前さん?」


溢れんばかりの菓子パンが入った特大サイズの紙袋を抱えていたのは、この前初対面を果たした笠松先輩の幼馴染みである名前さんで。なんというか、紙袋に足が生えているようだ。茶色の袋で隠れてしまっているので最初誰だかわからなかったが、ひょっこりと隙間から垣間見えた笑顔は、紛れもない名前さんだった。俺を見つけるや、袋を抱え直して近付いてくるが、今にも零れ落ちそうである。危ないっスよ!てかなにその量!


「危なっ!持ちますよ!」

「あらら、ありがと!」

「てかどしたんスかこのパン。罰ゲームっスか?」

「え?食べるんだよ?」

「ああ、食べ…え!?」

「あははーゆっくんにも呆れられるくらい私大食いなんだー」


ふにゃりとしたその笑顔と結びつかないことを言い放つ名前さん。この量を、一人で!?俺より頭1.5個分くらい下にあるこの小さな体に、これだけの菓子パンが収納されるとは俄かに信じがたい。だが、食べきれるかどうかはとりあえず置いておくとして、現状この量を一人で、しかも小柄な名前さんが運べるとは到底思えない。ひとまず零れ落ちそうな分をひょひょいと奪って抱えた。


「どこまで行くんスか?」

「中庭に行く途中なのー」

「じゃあ手伝うっスよ!」


さすがにこのままハイさようなら、なんて出来るはずなく。よっ、と菓子パンを抱えなおして歩き出すと、どうもありがとう!と満面の笑顔でお礼を言われて。どういたしまして、と同じく笑顔で返したものの、柄にもなく少し動揺してしまった。

だって久しぶりに、あんな媚びのひとつも含まれてない純粋な笑顔向けられたんスもん。


「てかキセリョくんも購買行くつもりだったの?」

「そーなんスよー。今日はたまたまっスけど」

「そっかー。たぶん今行ったらすごいことになってると思うよー」

「ですよね…だからいつも朝コンビニ寄るんスけど…うっかり寄り忘れちゃって…」

「この辺近くにコンビニないもんねー」


そんな他愛もない話をしながら中庭へと足を進める。まあなんとか頑張るっス、と苦笑しながら言うと、なにやら思案した顔のあとぱっとまた笑顔に戻って。ほんとくるくる表情が変わる。見てて飽きないけど。


「じゃあ一緒にお昼食べようよ!この中から好きなの選んでいいからさ!」

「へ?いやいや!悪いっスから!」

「いーよいーよ。運んでもらっちゃってるお礼ってことで!」

「いや、ちょ」

「そうと決まれば秘密基地へゴー!」


なにやら勝手に話しが進んでしまい秘密基地なる場所へ行くことに。いやまあパンを分けてもらえるのはほんとに有り難いんスけど!


中庭へと足を踏み入れると、こそこそしながらこっちこっち、と手招く名前さん。仕草はまるで子供のそれ。ほんとに二つも先輩なのかと疑わしく思いながらも、なんとも無邪気で微笑ましいのも確かで。自分の乗りやすい性格も手伝って、スパイごっこさながらに大広場を通り抜ける。体育館裏へ続く木陰の細道を過ぎると体育館の裏階段へ続くちょっとしたスペースに辿り着いた。


「私の秘密基地へようこそ!」


パンをどさりと階段横に置き、ドヤ顔でそう告げる名前さん。入学して約半年経つが、初めてこんなところがあるのを知った。確かに、秘密基地みたいでなんだかわくわくする。さっきまで困惑していたというのに、まんまと名前さんに乗せられてしまった。


「こんなとこあるんスね!毎日体育館に居るのに知らなかったっス!」

「へへ、まあゆっくんのお陰で見つけたんだけどねー」


階段に腰掛けて、早速焼きそばパンの封を切る名前さん。早っ!
焼きそばパンを頬張りながら、さあ好きなのを選びなさいと言う名前さんに促されて、とりあえず4つほど選ばせて頂いた。4つでいいの!?と心底驚かれたが、いやたぶんこれが普通っス。


「…てか、あの戦場の購買でよくこんだけ買えましたね」

「え?ああ、私には裏のルートがあるからね」

「裏のルート?」

「私ね購買のおばちゃんたちとマブダチなんですよ」

「マブ、?」

「てか毎日毎日大量に買ってたらいつのまにか仲良しになっちゃってたんだけど。それからずっと毎日私用にパンの取り置きをしてくれてるのー」


新作もいち早く組み込んでくれるんだよーと満面の笑顔で焼きそばパンの最後の一口を放り込んだ。しかもいつのまにか左手にはメロンパンが既に装備されていた。いやだから早っ!ほんとにこの量一人で食うつもりなんスかこの人!てか、もう、ちょ、いろいろ無理!!


「ぶはっ!!」

「ん?」

「ちょ、!ははは、無理、無理っス!、おかしっ」


大爆笑しだした俺に、怪訝そうな顔をながらもなにかの動物のように焼きそばパンを咀嚼することはやめない名前さん。それが更に面白さを際立たせていて尚更笑いが込み上げてくる。この前といい本当にこの人はツボをついてくるから困る。やばい、涙出てきた…!



「はあはあ、いきなり笑って、すいませんっス。いやでも、面白すぎて、ブフォッ」

「いーよいーよ思う存分笑うがいいよ」


少し拗ねながらも変わらないペースで食べ進め焼きそばパンは忽然と姿を消しメロンパンは早くももう半分になっていた。
一瞬だけ食べる手を止めて口許についた砂糖を払いながらふふっと笑った名前さん。笑われてるのになんでそんな嬉しそうなんだろうか。


「やっぱりそっちの笑顔のがいーねー」

「へ?」

「なんかキセリョくんは学校で見る笑顔とゆっくんたちといるときの笑顔が違う気がしてね」

「え…」

「今のは、この前ゆっくんちで見た笑顔と一緒だったから。私はそっちのが好きだなー」


ぱふっと今度はチョココロネの封を切る名前さんは終始きらきらした笑顔。まさかついこの間知り合った人に営業スマイルと素を見分けられてしまうとは思ってもみなかった訳で。面食らって言葉を失ってしまった。でも、不快じゃない不思議。ああ、この人はおれの知ってる女の子とはきっと違うんだ。


「名前さん、いや名前っち先輩!」

「うぇ?」

「ありがとうございます!」


一瞬はてなマークを頭上に浮かべていた名前さんだったが、パンのことだと思ったのかどういたしまして!とまた花の綻ぶような笑顔で返してくれた。俺的には、パンのことだけではないのだけど、まあ今はそれでもいいか、と素の笑顔ではいっスと返したのだった。



思いがけないランチタイム
(ごちそうさまでした!)
(まじで食いきったんスか…!)
(むしろキセリョくんにあげたから今日は腹八分目だよー)
(えー!?)

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黄瀬くんなつきだしました。

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