通常練習後の洛山高校体育館。併設されたトレーニングルームの一室でマネージャーらしく前回大会のスコア表などの整理をしていた最中、突如扉が開いたかと思えば入ってきたのは一年生にして帝王・洛山の主将となった赤司征十郎その人で。たぶん今しがたまで筋トレに励んでいたのだろう。値の張りそうなタオルでその汗を拭いながら、目の前のテーブルの椅子に腰掛ける仕草はなんとも流麗だ。
どうしたの?と問いかけると少し話しをしないか、と左右色の違う瞳で静かに見つめられる。この全てを見透かしたような瞳に若干怯みつつ、主将がマネージャーに話すことと言えばきっと部活動の関係だろうとメモを用意して彼の言葉を待った。


「単刀直入に言う」

「、はい。」

「僕と付き合え、名前」

「……は?」


ゲンドウポーズをしながら神妙な面持ちで話し出すものだからなにかダメ出しをされるものと覚悟していたのだが、赤司くんから出てきた言葉は私の理解の範疇を遥かに超越した言葉だった。えーと、付き合え、とは、どこにだろうか。


「え、と、それは、」

「どこに、なんて野暮な返事はいらないよ。」


私の言葉を遮って緩やかに微笑んだその顔は全く優しくなどなかった。むしろ恐いです。てか私の思考駄々漏れか。さすがエンペラーアイ。
いや、そんなことに感心してる場合じゃない。待て待て待て。とりあえず落ち着こう、落ち着くのよ私。ひとまず【どこに】という選択肢は消えたということは、だ。その他の【付き合う】という意味合いを私の薄っぺらい脳内辞書で探すと、男女間のアレコレしかない訳で。いやでもまさかそれはありえない。生活水準的にもありえないし、なにしろ以前彼は非生産的な付き合うという曖昧な行為は好かないと言っていた気がする。あったとしてもどこぞの令嬢か物心付く前からいる許嫁とか、実のある付き合いしかしないだろう。許嫁とか似合うなあ赤司くん。って、やばいな頭の中が大分混乱しているようだ。

そんな思考がこの30秒程で駆け巡ってフリーズしている私に赤司くんは表情は崩さずため息を一つ吐いて話を続けよう、と口を開いた。


「名前のことだからまず何故私なのか、と思っているのだろう」

「、う。」


「それに僕が無駄なことが嫌いなのを君はよく知っている。なぜいきなり付き合えなどと言ったのかも意味がわからない、そんなところかな?」

「…さすが、仰るとおりで、はい。」


くすりと笑って図星をついてくる赤司くん。きっと私がこうやって図星を差されて小さくなるのも彼の予測の内なのだろう。
でもだってしょうがないでしょ。私と赤司くんの仲なんて、主将とマネージャー以外のなにものでもなかった、はず。確かに、赤司くんはこういう人だから、自分に関わりのない女の子と親しく会話してるところは見たことはないけど。だからと言って私と和気藹々と話しをするかと言えば…するか、普通の人よりは。アイスの当たりクジくれたわこの前。あとなんか前髪伸びてくると切れとか言ってくるな。遅くなるとなぜかいつも帰り道に出くわすから一緒に帰ったりもしてたかも…あれ?私結構仲良いのかな。


「僕はまず信用していない相手に髪を切らせるほどお人よしな人間ではない。」

「…でしょうね」

「それに興味のない相手と一緒に帰ったりもしない。」

「で、ですよね…」

「…ものすごく鈍感な君でもそろそろわかっただろう?」


本当に高1ですかと聞きたくなるような妖艶な笑みでこちらを見た後、バスケの影響からか節張っているがほっそりとしたその綺麗な指で頬を撫ぜられる。一気に触れられた部分が熱を持つのがわかっていてもたってもいられなくなる。そんな愛しそうな目で見ないでほしい。なんで私なんか、だって彼だったら、もっと才色兼備な美人でも誰だって手に入るだろう。私にそれほどの価値があるとは思えなくて、金色と赤色の瞳から目を逸らした。


「名前」

「うあ、はい」

「僕は僕の価値観を否定されるのはとても許せない。それが好きな女性のことなら尚更だ」

「、」

「要するに君でも君を否定することは、僕は許さない」

「っ、」

「僕は他の誰でもない、名前を選ぶよ」


ああ、なんて彼はずるいのだろう。私の感情なんか先回りしてこんなことをしてみせる。絆されるって、こういうことを言うんだろうな。
両の頬を包むその手が震えているのもきっと彼の策略の内。彼はきっと気付いてる。ほんとにずるい。


「…私が赤司くんを選んだら、どうなるの?」


堕ちる寸前、最後の理性で放った言葉も、きっと赤司くんには予想の範疇なんだろう。ゆるりと弧を描く薄い唇は私の乾いた唇に触れる寸前致死量の甘い毒を吐いた。



「僕の生涯を君に捧げよう」



毒りんごより甘いキスを
(そもそもその覚悟もなく告白など、僕がするはずないだろう)
(…もしや一生逃げれないってこと?)

---------------------------------

真綿で束縛する赤司様。

×
- ナノ -