「名字ちゃんタケちゃんお昼食べよー」
「うん」
「お腹空いたねー」


入学式から数日。いろいろなオリエンテーションが済んで通常授業がスタートした。
クラスでは各々気の合う子を見つけてグループが出来つつある。帰る電車の方向が一緒だった武ちゃんと常ちゃんと妙に馬が合いそのままお昼を食べるような間柄になれたのはほんとに幸いだった。友達ができてほんとよかった…!!


「この後の部活紹介楽しみー!イケメンの先輩いるかな♪」
「そっか。忘れてた」
「名字ちゃんはもうバスケ部のマネになるって決めてるんだっけ?」
「うーん。そのつもりではあるんだけど…」


今日は昼休みが終わったら全校集会を兼ねた部活動紹介タイムがあるそうだ。部活ごとに趣向を凝らしたPRをするのが伝統になっていて毎年大盛り上がりらしいとは二学年上にお姉さんがいる武ちゃん談だ。
一応バスケ部に入るという名目のもと秀徳に受かったようなものなので入部一択ではあるのだけど、顔が渋くなる理由が一点。


「ねえ宮地くん!バスケの特待生ってほんと?」
「あ?ちげーよ一般だわ」
「でもバスケ部入るんでしょ?あたしマネージャーやってあげよっかー?」
「お前みたいな派手な奴いたら気が散るからいらねえ」
「ひどーい!」


メンチ切り不機嫌くんこと宮地清志くんもバスケ部希望らしいのだ。宮地くんはあんなに口が悪いのにその甘いマスクで入学初日から女子人気がすごい。積極的な女子はみんな宮地くんの取り巻きみたいになっている。他クラスの子までお昼にわざわざ教室に見に来るのだからものすごい人気だ。


「あー…宮地くん苦手なんだっけ?」
「…ソンナコト、ナイヨ」
「嘘つくの下手すぎじゃん」
「でもうちの学年で断トツイケメンだよね宮地くん」
「3年の間でもすでに噂になってるってよ」
「ひえー!すご!」


顔は確かに整ってるよね宮地くん。しかも一般入試で秀徳に入れるのだから頭もいいのでしょう。天は二物を与えずなんて嘘だ。めちゃくちゃ与えてますやん。頭良くて顔も良くてバスケもできちゃうなんて生きてる世界線が違いすぎて分かり合える気が微塵もしないのに、同じクラスで同じ部活に入ろうとしているなんて正直どう接したらいいのかわからない。そしてあの女子人気を思えば今年のマネージャー希望者は星の数ほどいるだろう。


「宮地くんがいる以上、マネージャーになりたい子はたくさんいるだろうし必要なさそうなら別の部活も考えなきゃかな…」
「それは一理あるね…」
「そしたら私と一緒に家庭科部入ろうよ!いろんなお菓子作って食べれるしちょー楽しそうだよ!」
「あは、それアリかも」


・・・・・


「名字ー。ちょっといいか?」
「はい」
「この後職員室に来れるか?中谷先生から頼まれててな。」
「中谷先生、ですか」
「あ、言ってなかったか。中谷先生はバスケ部の監督だ。たぶん入試のときの話をしたいんだと思うぞ」
「…わかりました。」


部活紹介込みの全校集会が無事終わり、今日はこれにて下校となったので武ちゃん常ちゃんとこれからマジバに行こうかという話になっていたのだが、まさかのバスケ部側からのお呼び出しときた。このまま見学に来いと言われる可能性も考えて二人には事情を話して謝るとまた三人で行こうと明るく背を叩かれた。うう、ほんとにいい子たちだ…。

二人と廊下の突き当たりで別れ、まだ行ったことのない職員室を目指す。入学して数日なので校舎の構図が全然頭に入っていないため、オリエンテーションで配られた簡易的な校内の地図のプリントを見ながら角を曲がると廊下の先に職員室と書かれたプレートを発見した。ちゃんと辿り着けたことに安堵して廊下を歩いていると、職員室の引き戸が開き背の高い男の子と知らない先生が連れ立って出てきた。


「お。ちょうどいい所に。名字名前さん、だね?」
「えっ、はい。もしかして中谷先生でしょうか?」
「ああ。バスケ部監督の中谷だ。」
「…じゃあ俺は失礼します。」
「ああ。」


礼儀正しく先生にお辞儀をして私にも軽く会釈をして去っていく硬派そうな男の子は宮地くんより背が高かった。きっとバスケ部なんだろう。
中谷先生に案内されるまま、職員室の一画にある応接スペースに座るよう言われ腰を下ろす。低いテーブルを挟んで中谷先生が正面に座るとこちらをジッと見た後話し出した。


「わざわざ呼び出してすまない。入試の面接を担当した先生方から詳しく話は聞いていてね。入部の有無を一応確認しておこうかと。」
「はい…入部、するつもりでした。でもたぶん今年は希望者が相当いると思います。私よりもモチベーションが高い子も、たくさん居るかと…」
「…うちは全国区の知名度があるから毎年見学にはたくさん来る。でもそれが全員残るかというとそうでもない。現に今うちにマネージャーは居ない。なぜかわかるかな?」
「……キツイから、ですかね」
「うん。当たり」


全国区のチームのマネージャー。それは日の目を見ない完全なる縁の下の力持ちだ。誰に褒められることもなく淡々と選手たちが練習に集中できるようサポートすることを求められる。冠婚葬祭でもない限りは長期休暇も練習漬けだろう。華の女子高生生活とは縁遠いものになることは明白だ。


「マネージャーになる事情は皆様々だ。でも最後まで全うできるのは結局、バスケットボール自体に愛がある者だ。」
「愛…」
「うん。君はバスケットボールが好きだろう」
「、はい。」
「その気持ちがあれば問題ないと思うが。どうする?」


先生にはきっと全てお見通しなんだろう。私がバスケが好きで好きでしょうがないこと。先生に押し切られた体で入部させることも出来るのに、私から入部を希望したという言質を取るつもりとはさすが全国区の名将。抜かりなしといったところか。
いろいろと懸念のある高校生活ではあるが、結局私からバスケを取ったらなにも残らない。残された道はただ一つだ。


「…秀徳バスケ部を精一杯サポートできるように頑張ります。よろしくお願いします。」
「うん。よろしく頼むよ。今日見学はしていくか?」
「はい。あ、でもジャージ持ってきてないです」
「見学ならそのままでも大丈夫だ」


初めてにこりと笑って中谷先生が椅子から立ち上がる。練習はもうそろそろ始まるらしいのでそのまま先生に着いていく。職員室から体育館までの道順を頭の片隅で覚えながら、先ほど先生と一緒にいた背の高い男の子のことをなんとなく聞いてみた。彼は大坪くんと言うらしく、今年のバスケ部の特待生枠らしい。春休みからもう練習に参加しているとのことで今日も練習に参加しているので帰りに挨拶するといいと言われた。



・・・・・


「集合!!」



先生と共に体育館に足を踏み入れると主将らしき人が練習を中断して部員全員で先生の元まで走ってくる。大きな男の人たちに囲まれる圧迫感がものすごい。さすが全国区のチーム、みんな大きい。



「彼女がマネージャーとして明日から入部する。今日は練習の見学だ。まあ何かあったらいろいろ教えてやってくれ」
「1年4組の名字名前です。中学でもバスケ部のマネージャーをしていました。至らない点などあるかと思いますがご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします。」
「こちらこそよろしく!経験者ならより助かるよ!」


爽やかな笑顔でキャプテンが拍手すると全員が拍手で迎えてくれた。そのまま今日の練習メニューに戻っていく部員を見送って先生の座っているパイプ椅子のもとに向かう。とりあえず横で立って見学させてもらおうかな。


「名字さん、でいいかな」
「あっ、えと大坪くん…?」
「ああ。パイプ椅子監督のしか用意してなかったろ。これ使ってくれ」
「ありがとう…!わざわざごめんね」
「気にしないでくれ」


爽やかな笑顔で練習に戻っていく大坪くんを見送ってパイプ椅子を監督の横に置かせてもらう。同じ一年なのにすごいなあ…。周りをよく見てて私みたいなのにまで気を遣って。同じ一年生という立場で頑張っている大坪くんのためにもしっかり仕事を覚えようと心の中でやる気を燃やした私は、早速鞄から真新しいノートを取り出して練習メニューの書き出しをすることにした。


・・・・


「お疲れ様でした!!!」
「しゃーす!!!」


午後6時、主将の掛け声で全体練習が終了した。練習風景を見ていただけだが、全国に通用する人たちの練習ってこんなにレベルが高いんだと終始驚くしかなかった。これは私も覚悟を決めてマネージャー業務に取り組まなければならないな。筆記用具を鞄にしまって立ち上がる。練習の後は希望者は居残り練習をしてもいいらしい。そのほとんどは一軍と呼ばれる人たちのようだけど。


「名字。今日のところはもう帰りなさい。モップ掛けや片付けは明日からでいい」
「はい。ありがとうございました、中谷先生」
「大坪」
「はい!」
「電車通学だったな?名字を送りがてら一緒に帰りなさい。名字も同級生のほうがいろいろ聞きやすいだろう」
「えっ、そんなご迷惑、」
「わかりました。すぐ着替えてきます。」


えええ、二人とも全然聞いてくれない。汗を拭いながら更衣室に向かう大坪くんに着替えゆっくりでいいからね…!と申し訳程度に叫ぶと笑顔で大丈夫だと言って扉の向こうに消えていった。中谷先生は言うことは済んだと言わんばかりに体育館から去っていってしまったので使っていたパイプ椅子二脚を畳んで先輩たちがモップを取りにいった倉庫へとりあえず運んで行く。


「名字さん」
「あ、主将の…」
「うん。主将の中条です。今日は来てくれてありがとう。監督と一緒に来たってことはもう本入部してくれるかんじ?」
「はい。明日からよろしくお願いします、中条先輩」
「こちらこそよろしくお願いします。マネージャーしばらく居なくて困ってたからほんとに助かるよ。あ、椅子は倉庫の壁に立て掛けておけばいいから」
「了解です。ありがとうございます」
「それじゃあお疲れ様」


ぺこりとお辞儀をしてまだ居残り練をするらしい中条先輩を見送りパイプ椅子を倉庫に運び込む。倒れないように立て掛けて倉庫の扉を閉めて出てくると、もう着替えを済ませた大坪くんが待っていて。ほんとに急いで着替えてくれたんだな申し訳ない。お疲れ様です!と体育館にいる先輩たちに挨拶をして二人で体育館を後にする。春といえどまだ日が落ちるのは早いのであたりはすっかり暗くなっていた。



「ごめんね、損な役回りさせちゃって…!急いで着替えてくれたでしょ?風邪とか引かなきゃいいけど」
「ぷっ、母親みたいなこと言うんだな。鍛えてるから全然大丈夫だ。」
「…ならいいんだけど。あ、改めまして、1年4組の名字名前です。よろしくお願いします」
「じゃあ俺も。1年1組の大坪泰介だ。入部が早い者同士仲良くしてくれ。4組ってことは宮地と一緒なんだな」
「宮地くん知ってるの?」
「大会でしょっちゅう顔合わせてたからな。たぶん宮地も明日あたりから仮入部に来ると思うが」
「なるほど…。やっぱり宮地くんもこの辺じゃ有名な選手だったんだね。私男子バスケは見てなかったからこの辺の強い中学とか全然詳しくなくて」
「名字は女子バスケ部のマネージャーだったのか?」
「うん。元々プレイヤーだったんだけどね。怪我で出来なくなっちゃったから」
「そうか…すまん。事情も知らず」
「えっ!もう気にしてないから!ごめん私こそ!吹っ切れてるし全然大丈夫なの。じゃなきゃバスケに関わろうなんて思わないよ」
「…そうか。」
「自分じゃできないから、大坪くんや先輩たちがすごいプレイする所たくさん見たいなって今日の練習を見て思ったの。その代わり私も精一杯大坪くんたちを支えるつもりだから」
「頼もしいな。じゃあ名字に全国で活躍する秀徳バスケ部を見せるために俺も頑張るよ」


安堵したように微笑む大坪くんはなんだか年相応で可愛い。そしてとにかく誠実で優しい人だ。この実直な同級生のために私も明日から頑張ろうとすっかり明るく昇った月に誓いを立てた。

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