「秀徳高校、合格しちゃった…」


私の性格の根底に巣食うのはとにかく面倒くさがりだということ。小学生の頃は夏休み開始までに持って帰らなければならない諸々、お道具箱にアサガオの鉢や絵の具セット、ピアニカに画板など、少しずつ持って帰ればいいものを最終日に全部乗せで持って帰ることを余儀なくされるような、よくいるタイプのめんどくさがり屋だった。でも小学六年生の最後の夏休み前、例年の如く全部乗せで灼熱の道路を歩いていたそのとき、私に天啓が降りてきた。

"これ、面倒くさがれば面倒くさがるほど逆に面倒くさいことになるな?"と。

気付くのが遅いか早いかは置いておくとして、これによって私は一念発起した。ある意味での中学デビューである。自分が面倒だと思ったことは逆に先回りしてやるように習慣付けた。自分の怠惰が招く面倒事はとにかく避けたかったので。誰にもいちゃもんをつけられることなく平穏な毎日を送る、ただその一点のために授業のノートはしっかり取って発言もして赤点など取らないようテストも頑張り、委員会活動やボランティア活動も傍目には積極的に取り組んだ。おかげで実に平和な中学校生活を謳歌できた。そしてその結果、中身が伴わないハリボテの優等生、名字名前ができあがったのだった。

その頃にはかなり先生方の覚えもめでたくなってしまって勉強の成績は中の上(うちの中学基準でだけど)だったわりに内申点が高くとんとん拍子に推薦枠に入れられ名門校を受験することを提案された。

名門校の中でも特に勧められたのは秀徳高校だった。それは私が三年間バスケットボール部に所属していたからだろう。幼い頃から父の影響で始めたバスケットボール。楽しくて楽しくて朝から晩までボールを追いかける毎日を送っていた。しかし中学二年の夏、試合中に膝を故障。体育の授業くらいはこなせるが毎日激しく動き回る部活動は難しくなってしまった。バスケットボールが大好きだったし、部活の仲間も大好きだった。だから自分がプレイできなくとも競技から離れたくなくてマネージャーに転向した。苦渋の決断だった。そんな私の事情を知っている顧問でもあった担任は、全国大会に出場するほどのバスケットボールの名門でもある秀徳高校なら選手としての道を諦めた私でも三年間退屈しないだろうと案じてくれたのかもしれない。いい先生だ。

しかしながら秀徳は学力の偏差値も高いし人気も高い。推薦入試なんて狭き門を私が突破できるとは思わなかったので記念に受けてみるか、くらいの軽い気持ちで受験することにした。のだけど…。
推薦入試の面接が進む中、お決まりの中学で頑張ったことは?と聞かれた際に前述の怪我で引退したバスケットボールへの愛をちょっとだけドラマチックに話した。これがもうなんでかドンピシャで秀徳の先生方の琴線に触れてしまったようで…秀徳バスケ部は君のサポートを待ってるよ!!なんて力強く言われちゃって、あれ?なんかこれ合格しちゃいそうな勢いだな、でもたぶんリップサービスだよな、と頭で自分を納得させて帰路についたものの、後日合格通知がしっかり届いてしまって言葉をなくした。だって私はハリボテの優等生。秀徳レベルの学力に三年間もついていける気がまるでしないのだ。うちには塾に行かせてもらえるお金の余裕なんかないし完全に詰んでる。


「…留年だけはしたくないな…」


もちろん留年する金もない。


・・・


真新しいセーラー服に身を包み、フォーマルに着飾った母とともに秀徳高校の門をくぐる。校舎はなかなかに趣きがある、というか、古い。古きを重んじていると好意的に捉えよう。同じように親を伴って門をくぐる同級生たちは皆頭が良さそうに見える。今から胃が痛い。

体育館に直接向かう母と別れ、校舎玄関に張り出されたクラス分け表を確認する。私は1年4組らしい。自分の出席番号も確認し指定された靴箱にまだ硬いローファーをしまって学校指定の上履きに履き替えようと鞄から出していると視界の端に真新しくも私より数周り大きなサイズの上履きが現れた。ちょっとびっくりして持ち主が気になり視線を上げると、そこに居たのは明るい髪色と端正な顔に似合わない、眉間に皺を刻んだ長身の男の子だった。


「…あ?なんだよ」
「え、いや、なんでもない、です」


ワタシ、コノヒト、ニガテ。

初対面の相手にこんなに高圧的な態度の人っているんだという衝撃。世界は広い。一瞬にして完全に苦手意識を抱いてしまったが靴箱が近いことから同じクラスであることは明白だ。一年間やっていけるかさらに不安になった。
迷惑そうな顔をして去っていく彼に追いつかないようにゆっくりと1年4組の教室を目指す。まあ追いつかないようにしなくても長身の彼にはどのみち追いつく気配はない。歩くの早いしまず足のコンパスが違いすぎる。私が階段を上りきる頃、廊下を一足先に進む明るい髪が1年4組の札が掲げられた教室に吸い込まれていった。…やっぱ同じクラス…。


少し早めについたので教室にいる同級生はまだ三分の一くらいだろうか。黒板に張り出された座席表を確認してちょうど真ん中の列の最後尾を目指す。一番後ろの席でラッキーだ。ぐるりと教室を見渡すと先ほどのメンチ切り不機嫌くんは一列挟んだ斜め前の席だった。案外席が近くて嫌だなと思いつつ窓に視線を逸らす。窓枠から見える空は入学式に相応しい眩しさで不安だらけな私の心とはまったく正反対だなあとひとつため息をこぼした。




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