「ただいま帰りました!!」

「おかえりなさい。お仕事お疲れ様」


年の瀬も間近に迫った今日は世間的には特別な日で、でも私たちのような社会の荒波に揉まれる会社員には全くもって関係ないドがつく平日だった。年末決算が押し迫る社内はそれはもう殺伐としていて(彼氏とド修羅場な同期も別の意味で殺伐としていた)なんとか仕事を終わらせられたのは19時を過ぎてからだった。
イルミネーションで溢れる街並みには、大きな紙袋を片手に小走りする壮年の男性や頬を寒さだけではない何かに紅く染めて楽しそうに会話するカップルで溢れていて。ああ、クリスマスの光景って感じだなと思いながら、私も待たせている人のことを思い出し白い息を弾ませて地下鉄への階段を駆け下りたのだった。


「遅くなってごめん!」

「いいのよ。私はお気楽な大学生だけど名前は日本経済を担う歯車なんだもの」

「なにその社畜を限りなくソフトにした言い方…」

「ほらとりあえず早く着替えてらっしゃい」


エプロン姿で迎えてくれたのは、隣人であり少し年の離れた友人でもあり、そしてつい先々月前に恋人になった実渕玲央である。見上げる程に高い背も整った顔立ちもそして少し癖のある喋り方も、付き合う以前となんら変わりはないのだけど、


「…玲央さんや、言ってることとやってること、おかしくないですかね」

「少しだけ」


抱きしめられたときの腕の長さとか、顔を埋めたときに感じる清潔な香りとか、首筋に優しくかかるさらさらした髪の感触とか、それらは全部付き合ってから知ったもので。コートを脱ごうとした体制のまま覆いかぶさるように包まれて、それらを一遍に享受しながら、付き合って二ヶ月経った今でもまだ慣れることが出来ないでいる。


「…もう!ケーキ作るんでしょ!20時になっちゃうよ!」

「ふふふ、そうね。じゃあこの続きはまた夜ね」


最強に色っぽいウィンクを一つ飛ばしてリビングへ戻っていく玲央に私は顔を真っ赤にさせて金魚みたいに口を開けたり閉じたりするしかなかった。何個も下なのになんだろうかこの経験値の差は。まあもう造形からして違うのでその辺はしょうがない。諦めてます。

コートを脱ぎ手を洗い髪をまとめたら、玲央がお揃いと言って買ってくれたエプロンを掛けて後ろで結んでハンドミキサーを片手にこちらに手招きをする玲央の元へと向かった。


「どうかしら?甘すぎない?」

「ん。大丈夫。寧ろもう少し甘くてもいい」

「あらあら。相当お疲れね」

「そうかも」


疲れるとどうにも甘いものが欲しくなる。それはもう生理現象だから仕方ない。スプーンにもったりと乗った白い淡雪のようなクリームを全て舌で溶かして、もう少し食べたいという欲求を我慢する。我慢して、玲央のご飯食べて、それからの楽しみにしなければ。


「よし、こんなもんかしらね。じゃあ、冷やしておいたシフォンケーキにこれをかけます」

「隊長!シフォンケーキもめちゃくちゃ美味しそうです!!」

「私が作ったんだから美味しいに決まってるでしょ」

「さすがです隊長!」

「はい、じゃあイチゴ出してきて」

「ヘイ隊長!」


あまりに美味しそうなそれにテンションも変な方向に高まってきて、でも玲央は特になにもつっこんでくれなかった。寂しい。冷蔵庫で冷えているヘタを取った赤くて大きな三角のそれは、つい昨日取引先のミスのフォローをしたお礼として取引会社の社長直々に頂いたもので。この時期にこのレベルの上物は贈答品としか出回っていないと思われる。表面では悪いです!頂けないです!等とのたまいながら、内心では何事もコツコツ真面目に取り組んでおくべきだなとガッツポーズしたのだった。


「生クリームかけるわよ」

「はあい」


厚みがありながらもきめ細やかな卵色のシフォンケーキが、少しゆるめに仕上がった真白い生クリームをまとい、そこに真っ赤な大粒イチゴを無造作に乗せて。上から丁寧に粉雪のようなシュガーパウダーが降りかかれば、それはもうお店で見るような極上の出来栄えだった。


「…はあ、幸せ」

「まだ食べてもないじゃない」

「見ただけで解るよ。これは幸せのかたまり。」


うっとりとケーキを眺める私に、玲央は少し呆れながらでも嬉しそうに私の頬に一つ口付けを落とした。突然のスキンシップに菫色の瞳を見上げて固まると、綺麗に弧を描く色っぽい唇。


「ねえ名前はショートケーキの一番上にあるイチゴっていつ食べる派?」

「え、先に食べる、かな…」

「せっかちね。私は断然最後派なの」

「なるほど…?」


綺麗にふんわりとラップをかけられ冷蔵庫に仕舞われる幸せのかたまりをぼんやりと眺めながら、流麗な玲央の動作に目を奪われるしかなくて。


「だからケーキはあとにしましょう?」

「え、ちょ、わっ!?」

「先に食べておかなきゃならないものがあったみたい」



S.O.S
(甘い口付けからシーツに沈んで、きっとケーキにありつけるのは日をまたいでかもしれない)


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一応これにてSOS完結となります!!
短いくせに長い間ご覧頂きありがとうございました!!

また続編というか単発でこの二人のお話は書きたいと思っているのでこの二人が好きだ!という奇特な方いらっしゃいましたら楽しみにして頂けたら嬉しいです。

本当にありがとうございました!

2017.4.5 みつこ






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