「頼む!合宿中あの料理じゃ力が出ねえ」

「僕からも頼みます。合宿の間だけでいいので」


夏休みが目前まで迫った平日の昼休み。弁当に箸をつけようとしている私の前で手を合わせて必死になっている二人組は同じクラスの火神くんと黒子くんだ。同じクラスで多少会話するくらいの私にいきなり合宿の同行依頼をしてきたのは、どうやら合宿中の食事についての問題が余程深刻だったからのよう。


「…いや、それなら自分たちで作ればいいんじゃないの?」

「それが練習がキツすぎて終わってからメシの準備できるような状態じゃねえんだと…」

「あ…」

「動けるカントクの料理は最早殺人兵器ですし、死人が出かねません。」

「ほんと、以外とはっきり言うよね黒子くんて」


そもそもなぜ私に頼んできたか?それはたぶん私が調理部所属で、尚且つ調理実習のときこの二人と班が一緒だったからだという至極解りやすい理由だろう。授業の調理実習などそんな難しい工程の料理は作らないが調理部フィルターが必要以上に私を料理上手に見せてしまったのだと思う。(だって火神くんなんて私なんか目じゃないくらい上手かった)


「私、調理部って言ったってちょっとできるくらいだよ?」

「大丈夫です。そのちょっとが僕たちの命を繋ぐことになる」

「めちゃくちゃ責任重大じゃん」

「出来るだけ俺も手伝えるようにはするつもりだ」

「僕もゆで卵なら手伝います」

「…わかったよ」


こうして私は運命の合宿に参加することが決定したのだった。


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合宿二日目、嵐は突然訪れた。


「なぜここにいるのだよっっ!?」

「こっちのセリフだよ!!」

「秀徳は昔からここで一軍の調整合宿するのが伝統なんだとー。ひさしぶりー」

「お久しぶりです」


厨房の中まで聞こえてくる騒がしい声にトマトを切っていた相田先輩がなんの騒ぎなのよとプリプリしながら動き出す。いや、ちょっと待ってください!その格好で行ったらあらぬ誤解が!!


「相田先輩、!」

「ちょっと!もうみんな食堂にいるわよ!」


トマトのくし切りをお願いしただけなのになぜあんなスプラッタ使用になってしまうのか皆目検討もつかないが、とりあえずタオルを持って追いかけた。追いかけた先には火神くんと寝癖がものすごいことになっている黒子くん、あと全く見知らぬ黒髪猫目の男子と火神君より身長の高い緑髪メガネの男子が全員もれなくドン引きした表情を浮かべたまま固まっていて。


「オマエの学校はなんなのだよ黒子!!」

「誠凜高校です」

「そういうこっちゃないのだよ!」

「あれっ!?秀徳さん!?てかこれケチャップよ」

「ケチャ!?トマトのくし切りになんでケチャップかけるんですか!?」

「だって味しないじゃない」

「塩!トマトには塩でいいんですよ!!」

「…名字もだいぶ苦労してるな」


火神くんが呆れ半分申し訳なさ半分な目でこちらを見ているのがわかり苦笑で返す。なぜ他校の人たちが居るのかはわからないが、とりあえず朝食の準備を早く終わらせないとならないため相田先輩と厨房に戻ることにした。ケチャップがけトマトも洗い落とさないと。


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「今のって監督の先輩と、誰?」

「僕と同じクラスの名字さんです。今の通りカントクは料理が殺人的なので調理部の名字さんに臨時の調理補助をお願いしてるんです」

「なるほどねー。どおりで見たことないわけだ」

「…高尾」

「ん?」

「そういえばうちの調理担当は誰なのだよ」

「………え?、あっっ!!」

「、いきなり大きい声を、!」

「忘れてたああ!!調理当番決めろって言われてたんだった!!」


宮地サンに怒られる…!!と顔面蒼白になる高尾君に青筋を立てている緑間君。別に自分たちでやりゃあいいじゃねえかと空気の読めない発言をするのはやっぱり火神君。さすがというかなんというか。


「…ぶっちゃけ俺料理あんまなんだよね。」

「右に同じなのだよ」

「…緑間君は中学時代カントク並みでしたよね」

「げ!?マジかよ!?」

「、失敬な…だが、否定は出来ん」


なんとか解決策を探そうと頭を抱えて唸りだす高尾君と表情には出ないが明らかになにか考えている緑間君。そしてハッと何かを思いついたように僕を見下ろしてくると黒子、頼みがあるのだよと珍しく下手に出て話しかけてきた。


「…お前の同級生にうちの食事の面倒も見て欲しいと依頼してほしいのだよ」

「っ真ちゃん!!なにそれ名案!!」

「は!?おま、何を勝手に、」

「オマエには話してないのだよ火神。食材の調達や諸費用の負担はもちろん片付けはうちがやる。彼女には作るだけでいいと伝えてくれればいい」

「てめっ」

「…こればかりはカントクに聞かないとなんとも」

「では聞いてみてくれ」

「まあ聞くだけ聞いてみます。」


用件だけ話すと踵を返して去っていく緑間君とよろしくなー!とすっかり上機嫌な高尾君の二人を、寝癖頭を撫で付けながらさてどうしたものかと見送って食堂へ向かった。


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「秀徳の食事まで…!?」

「ちょっと黒子君、そんな急に…あ、」


黒子くんから聞かされた思いがけない依頼に、ただでさえ大人数の食事を一人で用意するのにてんやわんやな状況なのにこれ以上増える可能性があるなんて泡を噴いて倒れそうだ。そもそもこんな量の食事自体作るの初めてなのに!これ以上どうしろと!?最初こそこれ以上無理だろうという雰囲気を醸し出していた相田先輩だったが何を思ったかいきなり思案顔になる。そうこうしている内に明らかに悪い顔になって。ちょ、何を考えてるんですか


「相田先輩…?」

「…名前ちゃんごめんね」

「せ、先輩、それは一体なんの謝罪、」


にっこりと綺麗な笑顔を作った相田先輩から出た言葉は、私を嵐の渦中に突き落とすには十分すぎた。


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「誠凜と合同練習!?」

「どうやら高尾がやらかしてくれたみたいでな」

「…はははは、監督一体なんのことだか」

「誠凜のマネージャーに食事の面倒を見てもらえるよう依頼したようだな。代わりに合同練習をお願いしたいとさっきあっちの監督から提案があった。」

「…高尾ぉ。俺はお前ら一年で調理担当決めろって言ったよなぁ?」

「宮地サンすいません!!すっかり忘れてましてえええ!!」

「てめえこら轢き殺すぞ!!」

「まあこちらとしてはありがたい話だ。食事の面でも練習の面でもメリットしかないからな」


まさか秀徳高校の中でそんな話がなされているとは露知らず、私は厨房で項垂れていた。結局二校を私一人でやることになってしまったのだから。


「…落ち込んでる暇はないな。さっさと始めよ」


願わくは合宿終わりに腱鞘炎になってませんように。
そう心で呟いて、野菜の刻み作業から始めることにした。

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