「おかえりなさい。」
「…タダイマカエリマシタ」
まさか自分の家に帰るのにこんな緊張するハメになるとは思わなかった。震える指先でできるだけゆっくりとインターフォン押してドアが開く時間を稼ごうとするも、思った以上に早くドアが開いて心臓を落ち着ける余裕もなかった。
「お言葉に甘えてシャワー借りたわ。ほんとごめんなさいね。」
「いや鍵渡し忘れた私が悪いし…ほんとごめん」
早朝のあの事件の後、私は余りにテンパリすぎた故に彼にここの鍵を渡し忘れてしまったのだった。即ち彼は一日この部屋から出られないということを示していて。最早新手の監禁だ。連日徹夜して疲れて帰ってきたのだから直ぐにでもお風呂に入ってすっきりしたいだろうにと私は絶望した。とりあえず私の部屋のものは風呂だろうが冷蔵庫だろうが、とにかく好きに使ってくれと通勤電車の車内ですぐ連絡を入れたのだった。
「と、とりあえず着替えてくる。座ってて」
「…ええ。」
リビングから一枚扉を隔てた寝室に逃げ込みやっと一息つくことができた。クローゼットの姿見に映る顔はいつもより血色が良い気がして余計に恥ずかしくなった。さて、いつまでもここに居る訳にもいかない。さっさっと着替えてしまわねば。
「おまたせ、って、うわ美味しそ」
「お台所貸してもらったわ。冷蔵庫に入ってる物で何か作ろうと思ったら、冷凍うどんとかしかないんだもの。あんた私が来ないとテキトーに暮らしすぎよ」
「…耳が痛いです、はい」
テーブルの上で二つ並ぶ湯気の立つ丼。覗き込むと良い感じに味の染みてそうなおあげが乗ったきつねうどんだった。めんつゆの良い香りが胃を刺激してお腹がくぎゅると鳴いた。
「着替えを取りに行くついでに冷凍庫にあったハーゲンダッツも持ってきたわ。食後に食べましょ」
「なんと…!上げ膳据え膳…!」
目の前の席について、冷める前に頂きましょう、と綺麗に微笑む玲央。先程まで私の心の中を占拠していた気まずさとか緊張なんかは気が付くと吹き飛んでいて。今この胸の真ん中にあるのは、いつもの優しい玲央の笑顔とこの暖かい食卓の思い出だけだった。きっと玲央は私が緊張しないようにいつも通りに出来るように、そういう空気を作ってくれたんだとすぐに解って。ああ、愛おしいってこういう感情を言うんだろうな。
「玲央」
「なあに」
「玲央、」
「はい」
「玲央、好き…好きだよ」
彼を好きだという気持ちが湧き水みたいに溢れ出てそれと一緒に涙まで出てきてしまった。止まらないぽろぽろ零れる涙がランチョンマットに染みをいくつも作って、まだ残っているうどんも食べきらないとなのになあなんて、全然関係ないことを頭の片隅で思った。それと同時くらいに先程まで綺麗にお箸を持っていた手が私の左手を包むように握って。何度か繋いだ気がするのに、こんなに大きいんだななんて再認識してしまった。
「名前」
「はい、」
「私あなたを愛してるわ」
私の手を包む大きな手から視線を上げた先にあった玲央の顔は、今まで見た玲央のいろんな表情の中でも一番綺麗だった。もうその顔だけで私は溶けて無くなってしまいそうだ。
「名字名前さん」
不意にフルネームで呼ばれて、しかも久々に耳にするさん付けに小首を傾げると玲央は少し照れくさそうに微笑んだ。
「僕と結婚を前提にお付き合いしてくれませんか」
耳慣れない僕というフレーズとまさかこの場で聞くとは思わなかった言葉に、涙が一瞬で止まった。
「……玲央って僕って言ったりするんだね」
「いつもは使わないけど、そりゃあ男として聞いてるんだもの。格好つけたいじゃない?ていうか気にするところそこなの?」
「ご、ごめん。びっくりして」
「…いいわ。それで、返事はどうなのかしら」
先程までの照れた表情から一転、玲央はイエス以外有り得ないでしょと言わんばかりの表情で私の左手を両手で包むようにしてそっと口付けを落とした。いやもう、視覚効果が、ほんとに半端ない。まるで王子様のようなそれに顔中の毛細血管が開くような感覚に陥った。
「よ、よろしく、お願いします」
甘くて濃厚な愛
(初めてのキスは顔が綺麗すぎて目を閉じれなかった)
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やっとくっついた…!
次で最終話です!!
20170309 みつこ