「…何事ですか」

「いや、どんなもんかと思って。今どんな気分だ?」

「紅蓮の弓矢が脳内再生されてます」

「轢き殺すぞ」


遡ること5分前。私は通常練習のマネージメントを終え、監督の指示でスコア表の整理なる雑用をさせられていた。あああ、なんで時系列に並んでないんだよクソ!大坪先輩案外だらしないんだよな!などと独り言を言いながら書類と格闘していると気がつけば部室の窓にはぽっかりと月が浮かんでいた。嘘、だろ…!?え!?もう8時半!!?

慌てて部室から飛び出ると、一つのボールが反響する音。まあ大体そこにいるだろう人物には予想がついていたので、とりあえず帰るかどうかだけ確認するために体育館へと足を踏み入れた。のだが、


「それで、なんでこんなことに」


この目の前に聳え立つ進撃の巨人、もといバスケ部のドS帝王(勝手に命名)こと宮地先輩は眉間に皺を寄せながら何故か私に壁ドンをしている。体育館の固い壁に追いやられ、蜂蜜色の髪がこちらに垂れ下がっている。いや、全く意図がわからない。困惑。

世間一般で言う壁ドンというものはドキドキキュンキュンなシュチュエーションのはずなのだが、なんだろう、この違う意味でドキドキする感じは。ドキドキというかハラハラというか、たぶんカツアゲされてるときってこんな気分だと思う。率直に言うとちょー怖い。宮地先輩結構イケメンなはずなのに怖さが勝る。あ、これ普段の刷り込みだな。


「壁ドン壁ドンって世間が騒がしいから気になった」

「いやいや何時の流行りですそれ。古くないっすか…先輩もしや情弱、いひぇひぇひぇひぇ!!!」

「そーかそーか。そんなに抓られたいか」


巨人改め魔人・宮地清志。身長もデカイが手もデカイ(その割に心は狭い)そして握力が強い。頬っぺたが死ぬ!!くそう!大坪先輩が居たら助けてくれるのに!せめて緑間が居れば押し付けて逃げられるのに!!!さっきまであんなに眉間に皺寄ってたのにこの悪魔のような愉快そうな顔!ほんとドSだよ!!


「もおおお!!私帰ります!!!」

「悪かったって。ちょっと強くやり過ぎた。マジバ奢ってやるから」

「今更機嫌とっても遅いですわ!」

「ごめんって。お前の頬っぺた柔らかすぎるからつい触っちまうんだよ」


両手でぐりぐりと抓られて赤くなった頬を両側から揉み解される。それはそれで痛いんですけど!別に宮地先輩に触らせるために柔らかいわけではないので勘違いしないでほしいな!


「もう遅いから送ってやる。着替えてくっからちょっと待っとけ」

「え、まだ練習するんじゃないんですか?」

「ばーか今何時だと思ってんだよ。普段こんな時間まで居ねえよ」

「え?じゃあ今日は何で居たんですか?」

「……お前どこまで鈍感なんだよ」


タオルを頭に被って項垂れる宮地先輩の言っている意味がわからなくて困惑する。とりあえず準備してこいよ、と言い残しロッカールームに消えた先輩を見送り、私も荷物を取りに行くべく部室へ駆け込んだ。



月と負け犬
(ああもう、察しろよ!!)


omk


「腹減った!メシ行くぞ!」

「あ、それなら送ってもらうお礼にうちで夕飯食べてってくださいよ。母ちゃんイケメン好きだから喜んでいろいろ出しますよ」

「はあ!?」

「あ、電話しとこ。」

「ちょっ、おま!」

「……もしもし?あ、母ちゃん?ごめん部活長引いた。あのさ今から先輩連れてってもいい?え?夕飯誘っちゃったの。いやいやすごいびっくりするよかなりのイケメンだから一見の価値有りだよ」

「(いきなり実家訪問ってなんだよ…!!)」



負け犬一転決勝戦
(と、突然お邪魔してすみません。3年の宮地です)
(あらー!ほんっっとにイケメン!すぐご飯作るわね!)
(あれ?先輩どうしたんすか?なんかしおらしくて先輩らしくなくないすか)

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