「あんた食堂来ないの?」

「え…もうそんな時間?」


同期の呆れたような声が降ってきて跳ねるようにデスクの時計を確認すると、時刻は12時を少し過ぎた頃で。他の同僚たちが昼休憩に出て行ったことすら気付かなかった。だだっ広いオフィスには私の他には数人しか居らず、きょろきょろしているとどんだけ集中してたのよと突っ込みをくらった。


「社畜の鑑か」

「ごめんごめん…あ、でも今日はいいや。ちょっとこの仕事進めときたいから」

「…ふーーーーん?」


何かを察知したようなジト目でこちらを見つめてくる同期。…流石というかなんというか、伊達に何年もこの戦場(会社)を共にしてきていないと言ったところか…。


「…ハイ、イイマス、ホウコクシマス」

「宜しい。これ差し入れ。」

「何もかもサーセン。」


与えて進ぜようと言わんばかりに差し出されたメロンパンを恭しく受け取ると、同期は空いている隣の田中さんの席に我が物顔でどかりと座って同じメロンパンに齧り付いた。


「名字が仕事にやたら集中するときは大体私生活で何かあったときだから。生態図鑑にちゃんと載ってるんだからね」

「私生態調査の対象だったの!?」

「そんなことどうでもいいのよ。それでなにがあったの?」

「何から説明すればいいやら…」

「そりゃ最初からでしょ。ほら早く」

「うう…」


せっつかれるままにこれまでの諸々をしどろもどろになりながら話し出す。お隣さんが美大生だったこと、どうやらオネエ系だったこと、そしてひょんなことから仲良くなったこと。日々を過ごす内に惹かれていったこと、そして昨日、告白をされたこと。
こんちゃんは私の話を聞きながら時折相槌を打って、聞き終わるとなるほど、と持って来ていたコーヒーを一口飲んだ。


「…名字が悩んでるのは何に対してなの?」

「…え、」

「相手が年下だってこと?それともバイかもしれないってこと?」


毎度の事ながらこんちゃんは本当に痛い所を突くのが上手い。私の要領を得ない相談に対して毎度毎度ズバッと確信を突く一言をくれるのだ。それは、いつも私が目を逸らす場所をピンポイントに狙って。


「…どっちも、なのかな」

「…まあ、悩むよね、それは。私たちももうそんな若いわけじゃないし、年々恋愛には臆病になるし。相手があの光るの君じゃあ、男も女も敵は多そうだし」

「うん…って、私相手あの人だって言ってなくね…?」

「違うの?」

「違わない、けど」

「なんとなくわかんのよ。女の勘を舐めないで頂戴」

「恐れ入りやす…」


どんなときでも公平で厳しくも優しい玲央。年下だってことを微塵も感じさせないから今まで気にもしてなかったけど、お付き合いするとなると話は変わってくる。こんな、何個も年上の冴えないOLに納まるような器ではないのは客観的に見れば明らかで。でも玲央はそんなことで人を選ぶような人じゃないのも、今までの付き合いの中で良く解っていて。きっと、ちゃんと選んでくれた理由があって、だから男性も女性も、きっと広い視野で好きになれる人なんだ。そしてその中で私を選んでくれたんだろうと、そう思う。


「ごめん。さっきの撤回」

「ん?」

「悩んでるの、年下だからとか、バイとか、そんなことじゃなかった。」

「…」

「私が、卑屈すぎるからだ」


彼に優しくされるほど付き纏う【私なんか】と自分を卑下してしまう呪縛。それに耐えられるのかわからなかったから。彼が受け止めてくれるかではなく、自分で自分を認めて上げられていないことが原因だった。こんちゃんに痛い所突かれて、やっと解った。彼がどんな人でも関係ない、問題は私自身にあった。


「…名前はさ自分に厳しいよね。入社当時から」


静かに聞いていたこんちゃんが穏やかな口調で話し出す。


「すごいなってずっと思ってた。私は自分を甘やかすのが大好きだから。ミスしたら上司のせいだって真っ先に逆切れするし理不尽なことがあったら電話のガチャ切りしたりして怒られたりとかしょっちゅうだったもん」

「そういやそんなこともあったね」

「でも名前はそういうこと絶対しないじゃん。猫被ってるからとか言ってたけど、しっかり仕事をこなして、ミスしたら誠心誠意謝って、対策を立てて同じこと繰り返さない。当たり前だけど、当たり前に出来ないことを名前はちゃんと出来てる。」

「はは、褒められすぎて怖いな…」

「もっと自分を褒めていいんだよ名前の場合。私あんたと性別違ってたら絶対狙ってる自信あんだからね?」

「…それは、褒めてんの?」

「当ったり前でしょーが!だから自信持ってよ。今すぐは無理でも、光るの君と一緒に居れば、きっと大丈夫。あの人はあんたのこと好きになる良い目を持ってんだからさ」


屈託のない笑顔で放たれる激励に、不覚にも泣きそうになる。そろそろ就業時間だから行くわと去っていく後姿にありがとうと伝えれば、ニコリと笑って親指を立てた。ブフッ!リアクション古くない?柳沢信吾かよ!


「お礼はみはしのクリーム餡蜜でいいから!」

「ちゃっかり相談料取るのかよ!!」



甘くて硬い叱咤激励
(こんちゃんが挫けたら今度は私が助けるから)


-----------------------

最近謎の女の友情ブーム…

あと数話で終わる、はずです…

20170220 みつこ


×
- ナノ -