「名前の会社ってうちのキャンパスと割と近いのね」

「あー、確かに。でも電車で2駅くらいあるんじゃない?」

「東京の2駅なんて余裕で歩ける距離よ。」

「これだから若い奴は…」

「あんただってあんまり変わんないわよ。代謝は年々落ちるんだから少しは動きなさい」

「…ナニモキコエナイデース」


片言で誤魔化して本日の夕飯である実家から大量に送られてきたそうめんを啜ると玲央から呆れたと言わんばかりの視線を浴びせられた。そんな目で見るなよう…。怠惰な社会人で恥ずかしい限りだが、だからって簡単に改善できる程生易しい問題でもないのだ。(何年全力疾走してないと思ってるんだってばよ…)


「それはそうと明日の夜は空いてるかしら?」

「あ、うん。月末でもないし、定時には上がれると思うけど」

「じゃあたまには外食しない?良いお店があるの」

「いいね!じゃあ上がったら連絡するね」

「ええ。待ってるわ」


美しい所作で薬味の茗荷を添えてそうめんに口をつける玲央は心なしかウキウキしているように見えて。そんなに楽しみにしてくれてるのかな?私も相当楽しみだけども。
玲央と外食するのはこれがまだ2回目くらいだが、前回のお店は味も雰囲気も本当に素晴らしくて、流石玲央が選んだだけあるなという所だった。なので今回への期待も相応に膨らんでしまう。


「うふふ、楽しみね」

「うん!」


・・・・・・・・・・・・・


「名字ちゃん名字ちゃん!!やばい!大事件!!」


その翌日。滞りなく定時には本日の業務が終了しあとはタイムカードを切るだけだなとパソコンのシャットダウン作業をしていると、自販機へ飲み物を買いに行っていた残業確定の同期が血相を変えて帰ってきた。血相をそう、とても赤らめて。てかうるさいよ。


「なんなの一体」

「やばいって!!裏口の所にめっちゃイケメンがいる!背もめっちゃ高くて本物のモデルみたいなの!!」

「モデル…?」

「どうしよう、あれってなんかの撮影待ちかな?でもロケバスとかなかったし、ってことは誰かの彼氏とか!?うちのテナントってそんなレベル高い彼氏捕まえそうな女の居る会社あったっけ!?」

「こんちゃん、ちょっと落ち着いて…」


テナント会社どんだけ見下してんだよ毒舌すぎんだろとつっこみを入れるくらい本音で暴走する同期をなんとか諌める。定時後のこのゆるっとした雰囲気だからまだよかったが、っていうか声でかいからみんな見てるよ!?女子事務員目の色変わってるよ!?


「いやあれは見たらわかる。絶対こうなる。それくらいヤバイ美形!私キセリョよりタイプ!」

「こんちゃんのタイプとか聞いてないよ」

「人のモノとかちょー萎えるー私の彼氏になってほしいいい」

「現実見ろ。あんた彼氏いるでしょーが」


今度は悲しみに暮れ始めた同期がひたすら鬱陶しい。こっちは約束あんだっての。他の事務員もちょっと自販機行ってきます!私も!!等と口々に告げて退出していく。みんなミーハーすぎるだろ!!


「はあ…まあいいや。私約束あるから先帰るね」

「まじか。裏切り者め。帰りがけ絶対見てよ!!ほんとモノホンだから!!」

「裏切るもなにも部署違うでしょうが。わかったわかった」


なんとかタイムカードを切ってフロアを退出する。更衣室でササッとメイクを直しジャケットを羽織ったら待ち合わせ場所を確認すべくスマホを開く。玲央からはもう既にLINEが来ていて【いつでも大丈夫よ】という一言と可愛らしいスタンプ(有料。ここ大事。)がひとつ添付されていた。早々に【今終わりました。】の一言とスタンプ(もちろん無料の)を添付して送信したところで、きゃっきゃと後輩たちがこちらに戻ってくるのが見えて。


「あ、名字さんお疲れ様です!」

「お疲れ様。イケメン居た?」

「居ましたー!!あれはヤバイです、近藤さんの言うとおりでした!!」

「ちょっと妖艶っていうか、イケメンっていうより美形で!中性的なのがまた素敵でしたー!」

「(ん…?なんかその感想は…)」

「背もすごく高くて!名字さんも是非拝んで帰ってくださいね!」

「ああ、うん。そうするー」


あはは、と曖昧に笑って返し後輩と別れたところで一旦立ち止まる。そして後輩の発言から感じた違和感に記憶を巡らせる。妖艶、イケメンというより美形、中性的、そして背が高い。そのキーワードから思い浮かんだのはよく見知った相手で尚且つこれから約束している相手でもある。…いやいやいや、そんなまさか。


裏口の守衛さんに帰りの挨拶をして防犯機能付きの重たい扉を開ける。差し込んでくる西日が眩しくて思わず目を細めると、細い視界の斜め向かいに見えたのは見慣れたシルエットと大きな影がひとつ。おいおいおい、まさか、まじでか。


「あ、お疲れさまー」

「お疲れじゃないよちょっとこっちきて急いで!」


ぶわっと一瞬で湧き出した冷や汗が気持ち悪い。とにかくここから離れなくてはとせり上がる焦燥感に早足になる。っていうかこんなに私は忙しなくピッチ走法宜しく早歩きしてるのに玲央は普通に歩いてるんですけど!足の長さの格差ぱねえ!!超ロングストライド走法!


「つ、攣りそう…」

「もう、なんなの一体」


会社の裏道に入ったのでこれで難は逃れた、はず…。足大丈夫?なんて心配する玲央には微塵の乱れも見当たらない。私は既に足が生まれたての小鹿です。


「ななななんで会社の前にいるの」

「えーだって名前の会社見てみたかったんだもの」

「だってもあるかい!外に超絶イケメンいるってうちの事務員こぞって見に行ってたわ!!」

「ああ確かに見られてたわねー。まあいつものことだし」

「モテ自慢か!あああ…もし私だってバレたら殺されそう…」

「なんのことよ」

「待たせてる女誰だって犯人探ししそうな奴が一人いるんだよ…」


先ほどの鬱陶しい同期の悪どい笑みを思い浮かべて、明日の絶望感から項垂れていると、すっと玲央の大きくて綺麗な手が差し出される。怪訝に思いながらもその手を取ると手馴れた仕草で長いその腕に掴まる格好に変えられて。い、以外と逞しいな、腕。


「いいじゃない、言わせとけば。むしろ自慢しちゃえばいいのよ」

「ちょ、玲央さん私一応会社では目立たないように身を潜めて猫被ってるんだって。」

「欲のない女ねえ。こんなイイ男連れてるんだから自慢できるチャンスじゃない呆れちゃうわ」

「玲央さんまじ自信家すぎっす」


まあいいわ、お腹空いたから早いとこお店行きましょ、と私を腕に掴まらせたまま歩き出す。もちろん、あんた足ガクガクだから掴まってなさいと一言添えるのも忘れずに。先ほどのロングストライドが嘘みたいに私の歩調に合わせてエスコートするものだから私と言えど一端にキュンとしてしまった。ええ、本当にイイ男ですわ。


「玲央」

「なあに」

「…ありがと」

「ふ、いいのよ。あ、今日行くお店ケーキがすごく美味しいの。特にチーズケーキがおすすめ」

「なんと!それは絶対食後に食べなければ」



甘酸っぱくて淡い
(翌日、会社での彼のあだ名が光るの君になってた)

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中性的美形=宝塚=光源氏=光るの君の図式

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