「なんかごめんなさい、急にお邪魔することになって」

「私から誘ったんだしいいのよ。さ、上がって上がって」


玄関先に控えめに置かれた観葉植物やおしゃれな小物から見ても、私の部屋との格差を如実に表している。全く同じ間取りのはずなのになんだこれ。すげえ女子力。


結局、あの後一緒にスーパーへ買出しへ行ったところ、話しているうちに意気投合してしまった挙句いつの間にかお家にお邪魔するという流れになってしまい今現在に至る。もう少しお話しましょうよお菓子もあることだし、とまたあの億千万の笑顔でお誘いを受けたら一体誰が断れるのだろうか。男の一人暮らしの部屋になんて、通常警戒して入れないものだが(いやそこは私だって女の端くれだからね?警戒くらいさせてください)実渕さんの場合、中性的すぎてなんかもう大丈夫な気がしてしまったのだ。


さっと用意されたこれまたシンプルながら花柄が可愛らしいスリッパ…じゃない、なんつーのルームシューズ?を僭越ながら履かせて頂きリビングへと足を進める。


「ごめんなさいね、お菓子作ってたままだから少し散らかってるわ」

「いや散らかってるうちに入らないですこんなの」

「あらそう?ふふ、今お茶入れるわね。紅茶でいいかしら?」

「はい。好きです。」


カチャカチャとガラス製のティーポットとカップ、ソーサーを取り出して手馴れた様子で準備をする実渕さん。ふおおおお、この溢れ出る女子力、完敗どころの騒ぎじゃない。そして私はなにも動けない。動いたらなにか粗相を起こしかねないためだ。座って待っててと促されたローテーブルのクッションの上ではみ出ないよう正座して実渕さんが来るのを待った。


「お待たせしました。ごめんなさいね、生クリームでちょっと時間かかっちゃったわ」

「いやほんともうすみません、お手伝いもせず…」

「もう謝らないで頂戴。せっかくのお茶会なんだしね、足も崩して。あと敬語やめてってば。私の方が年下なんだし」

「、努力しま、あ…する。はい。」

「ええ。頼んだわ」


ばちんと星かハートが飛んできそうなくらいの綺麗なウィンクに耳が熱くなる。え、なに?モデルなの?美形のウィンク破壊力半端ねえな。誤魔化すようにいい香りのする紅茶を一口含んで緊張で乾ききった喉を潤す。いつも私がカパカパ飲んでるティーバックと香りの違いは歴然だった。なにからなにまで恐ろしいぞ、実渕玲央。


「じゃあOLさんなのね」

「そういう単語にすると洒落っ気あるけど、ただの事務員だよ」

「いいじゃない。OLに変わりはないわ。」

「はは。実渕さんは美大なんだね。就活はしてるの?」

「ええ、この前内定を頂いたわ。もうすぐ卒業制作が始まるから、今は小休止ってとこかしら」


だから今こうやってゆっくり会えてよかったわ、とスコーンをぱくりと二つに割りながら実渕さんは言って。こうやってさり気なく人が嬉しくなることを言える人というのは、それだけで最早才能と言えるだろう。その上名門美大のデザイン専攻という高スペック。勝ち組の最上位すぎる。内定なんてどこでも取れそうだ。そんなことをほんのりとオレンジの薫るスコーンを食べながら考えた。なにこれおいしい、お店も出せるよこんなの。


「ふふ、おいしい?」

「え、うん、すごくおいしいよ。」

「名前がとても美味しそうに食べてくれるから嬉しいわ。作った甲斐があるってものね」

「、ごほ」


そんなに顔に出てただろうかという恥じらいといきなり名前を呼び捨てにされた衝撃で砕かれたスコーンが気管を襲撃してくる。いや、呼び捨てくらいどうってことないんですよ、そんな初心な訳でも女子高生みたいに若い訳でもないし!でもこういうのって久々でね、あと相手が美しいのも相俟ってね、まあ相手は明らかにオネエだけどね…。そうだよ、そうだったよ。少し冷静になったわ。


「ごめんなさい、やっぱり呼び捨てはダメだった?」

「いや、いいよ全然!ちょっとびっくりしただけ」

「ほんと?じゃあ、私のことも名前で呼んでくれる?」

「へっ」


ぐいと中身を飲み干したカップに紅茶を注ぎ足してくれながら実渕さんがちらりとこちらを見て微笑む。まだ少し違和感のある喉を擦りながらたどたどしくも、れお?と呼べば、はあい、とまたしてもハートが飛んできそうなウィンクをお見舞いされた。なんなの、もうほんと、ちょっと身が持たない。


「…面白がってるでしょ」

「そーんなことないわよ?可愛いとは思っているけど」

「…ドS、ドSだ絶対」



紅茶に溶けるハチミツみたい
(喉大丈夫?ハチミツでロシアンティーにしてみたらいいわ)
(ご好意傷み入ります…)
(なんで武士なのよ)

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れおねえの女子力高すぎて主人公がガサツになってしまう南無。

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