「黒子くん」

「なんですか名前さん」

「火神くんの好きな女の子のタイプって知ってた?」

「…知ってますけど。それがどうしたんですか?」


読んでいた文庫本を閉じてこちらに向き直ってくれる黒子くん。彼は座っているから、必然的に私を上目遣いで見る形になる。可愛い。


「火神くん女の子らしい子が好きなんだって」

「…タイプはそうでしたね」

「おしとやかな子がいいんだって」

「ええ。タイプは。」


自分でも徐々に声が小さくなっているのがわかって困惑する。なんで私はこんなに寂しいような、悲しいような気分になっているんだろう。火神くんのタイプなんて、私にはなんにも関係ないはずなのに。黒子くんの机にしがみついて、額を机の角にゴツンとぶつける。痛い。気持ちと同じく下に向いた視線の先には、黒子くんの上履き。かかとを踏まずにきちんと履いているあたりが黒子くんらしい。なんて、今の状況に全くと言っていいほど関係ない。


「なにをそんなに落ち込んでいるんですか」

「…わかんない。」

「本当に?」


含みのあるその問いかけに上履きから黒子くんの顔へと視線を移すといつも通りの無表情。それでもぽんぽんと頭を撫でる手は優しくて。眉を八の字にして黒子くんを見上げるしか私には出来ない。だって渦巻くこの胸のもやもやを、どう表現したらいいのか、本当にわからないのだ。


「わかんないから、困ってるんだよ」

「そうですか。じゃあ火神くんに直接聞くといいです。」

「火神くんに?」


穏やかな、撫でるような声色で言う黒子くん。交わった目線はとても優しい色をしている。


「でもひとつだけ。実体のない好みやタイプと実際の感情は別物だということを覚えておいてください」


黒子くんはたまにとても難しいことを言う。穏やかな口調で告げられたその言葉の意図することを、私の足りない頭では理解することはできなかった。曖昧に頷く私の頭を再度撫でて、火神くんは職員室です、と所在を教えてくれた。


黒子くんの言葉も、私の中のぐちゃぐちゃな感情も、なんにもわからないままだけど。今、どうしても火神くんに会わなきゃならないような気がして。黒子くんにいってきますと声を掛けて、透き通ったいってらっしゃいを聞き終わる前に走り出す。


「か、がみ、くん!!」


丁度用事が終わったのか職員室からしっかりお辞儀をして出てくる火神くんを見つけて、酸素の回らない頭で黒子くんは千里眼なのかなと思った。そのまま全速力で走っていくと、火神くんは一瞬瞠目して私の名前を呼んだ。


「どうした、そんな走って」


彼のワイシャツの裾をつかんだままぜーぜーと息を切らす私の背中を擦ってくれる困惑気味の火神くん。説明したいけど、深刻な酸素不足に陥っている今それをすることは不可能に近い。それに正直なんでこんな息せき切ってでも彼に会いたかったのか、全然わからないのだ。思考も感情もぐちゃぐちゃで、わからないことだらけすぎて泣きたくなってくる。鼻がツンとして痛い。


「わか、わかんないの、全部全部」


真っ白なワイシャツには私が握り締めたせいで皺が歪んでいる。ぱたぱたと瞳から落っこちていく水の玉が床に染み込んだ。


「…ゆっくりでいい、ちゃんと聞くから」


ぽんぽんと規則正しく頭を撫でてくれる大きな掌。彼の手はいつだって私を安心させてくれる。まるでお母さんみたい。


「ちょっとだけ移動すんぞ」

「わ、!」


だけど安心したのも束の間、急に視界がいつもの倍になる。背中から腰に掛けて安定感のある腕に抱きかかえられて、すぐ斜め下にはいつもの仏頂面があった。(眉毛…ちゃんと見えたの初めて)
ずるずると鼻を啜って、重いよと言ってみたものの、筋トレの内にも入らねえと一蹴されてしまった。


「この辺でいいか。降ろすぞ」

「ん…。火神くん」

「ん?」

「怒ってる?」

「…理由も聞いてねえのに怒れねえだろ」


私を降ろした体勢でしゃがんだまま、ちゃんと目を見て話してくれる。火神くんは強面だし無愛想だけど、ちゃんとこうやって私の拙い話にも耳を傾けてくれようとする。いつも呆れた顔で、でも少しだけ優しさを滲ませたような、そんな顔をしながら。


「火神くんは、おとなしい女の子らしい子が、すき?」

「……は?」


あ、眉間の皺がMAXだ。


「その話を聞いてから、もやもやするの。関係ないのは分かってるのに、寂しいのかな悲しいのかな、わかんなくて。黒子くんに相談したら火神くんに直接聞くといいって言われて、それで…火神くん?」

「、ちょ、見んな!」


いつの間にか、火神くんの顔は真っ赤に染まっていて、私なんかおかしなこと言っちゃったのかな。フイと顔を背けたまま蹲ってしまった火神くんに困惑するしか私にはできない。とりあえず私も一緒にしゃがんでみることにした。


「…それ、ほんとに無意識なのか、お前」

「なにが…?」


腕の隙間から拗ねたような表情でよくわからないことを聞いてくる火神くんに今度はこっちが眉間に皺を寄せる番だった。なにを言わんとしているのか、全くもって検討つかない。
大きなため息をついたあと顔を上げた火神くんは、真っ直ぐに私を見据えて私の頬に触れた。


「…それ嫉妬って言うんじゃねえのか」

「え、」

「贔屓目に見ても、名字は大人しくはねえ」

「うん…」

「俺のタイプに当てはまんなくて、焦ったか?」

「…うん」

「俺に、誰か好きな奴いると思ったか」

「ん。」

「…その誰かに、取られたくなかった?」

「……うんっ」


優しく頬を包む掌に両手を重ねると、その大きな手は少しだけ震えていて。まるでその震えがうつってしまったかのように、私の鼓動も早鐘を打ち始める。そして急に全てのことがクリアになっていく。パズルのピースが揃っていくような、そんな感覚。一緒に溢れてくるのは、また涙。それから、燻ってたよくわからないもやもや。よくわからないと思ってたものが全部剥がれ落ちて、残ったのは芯みたいな、真っ直ぐな気持ち。お母さんなんかじゃない、そっか。私火神くんのことがずっとずっと、


「…俺も一緒だよ」

「え」

「黒子に取られるんじゃって、ヒヤヒヤしてた」

「黒子くん…?」

「、関係ねえんだよタイプなんて。好きになっちまったら」

「かが、」

「名字が、好きだよ」

「っ、」

「俺は、ずっとお前だけだったよ」


「でもひとつだけ。実体のない好みやタイプと実際の感情は別物だということを覚えておいてください」






今やっと黒子くんが言ってた意味がわかった。



「火神くん、私もね」



キャンディーは恋の味
(黒子くんにお礼言わないとだね)
(…おう)

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久々な上にやたら長い…!!

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