「お風呂空いたよー」

「はいっスー」


ソファで自分が表紙になった雑誌の最新号を読んでいる恋人に(どんだけって思うけどもう慣れた)髪の毛の水気を拭き取りながら声を掛けると、さっと立ち上がってなぜか抱きしめられて。なに?と聞くと久々に俺と同じ匂いがするっスとご満悦のご様子で。毎回思うけど犬かこいつは。ばか、と小突くとへにゃりと笑ったあと曝け出している額に一つキスを落として、いい子で待ってるっスよーなんて言葉を残してバスルームへ消えてった。なにあれ。ほんと恥ずかしい。

キスされた額を擦りながら、ふっと鼻を掠めるのは、涼太から借りたTシャツの香り。確かに涼太の匂いだ。本人が居ないのをいいことに肺いっぱいに香りを吸い込む。すごく落ち着く、優しい香り。この匂いには嬉しくて愛しい記憶しかないからかななんて。そこまで考えてふと我に返る。十分私も恥ずかしいヤツだった。でもしょうがないの。だってこうやって二人で過ごせるの、久々なんだもん。


クローゼットを開けて、明日着るつもりで持ってきた膝丈のブルーに黄色の小花が愛らしいワンピースを姿見で合わせる。明日は本当に久しぶりの丸一日オフの日だから、遠出しようとずっと前から話していたのだ。だから、ちょっとだけ、私も可愛く見られたくてワンピースを選んでみた。あ、そうだ。これの為にマニキュアも新調したのだ。彼と同じ、黄色のマニキュアを。明日はサンダルのつもりだったから、ペディキュアしようと思ってたことを、すっかり忘れていた。目論見を思い出し髪を乾かしていないこともすっ飛ばして小さなピンクの袋に入った小瓶を開封する。独特の匂いに少し顔を顰めながら慎重に筆先を瓶の縁で扱く。


「マニキュアっスか?」

「あ、おかえり。うん。明日サンダル履くから」


調度お風呂を上がった涼太がタンクトップとハーパンの格好でわしわしと頭をタオルで拭いながら戻ってきて。あー、まだ髪乾かしてない!と小さい子を叱るお母さんみたいな言い方で私を咎めた。ごめんなさーいと口だけで答えながらも、意識は最早この小さな瓶にのみ向いていて。だってもう髪乾いてきたし。新品のそれは油と塗料が少し分離していた。ちゃんと混ぜなきゃ。


「塗ってあげよっか?」

「へ?」

「マニキュア。俺そーゆーの得意だし」


タオルを首に掛けて、はい。足乗せて、と膝を叩く涼太。確かに彼は何をやらせても基本様になるくらいに出来てしまう男だ。(学生時代勉強はダメだったけどね)こくりと頷いて素直に片足を乗せる。ほんとちっちゃい足ーなんて笑いながら、指一本ずつ丁寧にベースコートを塗っていく。あらら、ほんとに上手。


「りょーた、じょーず!」

「ふふ!たまーにロックな服の撮影の時にやってもらうんス。それ見て覚えた」

「お得意のパーフェクトコピーね」

「そーゆーこと。」


無駄に流暢な鼻歌を口ずさみながら、はみ出しもなく塗っていく涼太。しっかり二度塗りまでしてトップコートまでしてくれる。女子力高すぎじゃないの。


「完成ー」

「ありがと!私が塗るより綺麗で悔しい」

「はは、人のだと上手く塗れるもんスよ。それより、なんで黄色なの?」


にこにこ、いや、にやにやしながらわざわざ聞いてくる彼は、調子に乗りすぎだと思う。なんで?なんて分かりきってるくせに。


「わかってるみたいだから教えてあげませーん」

「えー、教えてほしいなー」

「ばかりょーた。」


もう既に乾き始めている涼太のさらさらな金髪を撫でると、にっこり笑った涼太が足の甲に口づけを落としてきて。ちょ、なにしてんのこいつ!


「名前、顔真っ赤」

「だ、だってなにすんの!」

「俺のために選んでくれたのが可愛かったんスもんー」

「理由になってな、」

「名前は爪先まで俺のものっスね」



貴方色に染まる
(ベッド直行まで、10秒前。)

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大人黄瀬とちょびっとアダルティ。

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