「ぶっ」

「あらら、また名前ちんー?」

「…毎回すみません」


鍛え抜かれた腹筋にぶつけた鼻をさすりさすりしながら頭3個分ほど上にある気怠い瞳を見上げる。このパターン高校に入って何度目だろう。


「鼻大丈夫ー?」


パリパリポリ、お菓子を咀嚼しながら首を傾げているこの大きな男の子は同じクラスの紫原敦くん。ちなみにお菓子を常に食べているのは彼の通常運転だ。こんだけ食っててこの強靭な体とスタイルって脅威だと思う。


「…あの、鼻は大丈夫なんで下ろして頂けますかね」


まいう棒を咥えたまま、脇の下に両手を差し入れて持ち上げられる。くすぐったいし恥ずかしいし、それにまるで悪さをして捕まった猫のようになるからやめてほしいのだけど、毎度のこととなりつつあるので最近はもう抵抗をやめた。ぶらーんとしたまま、いつもどおり同じ高さにある気怠そうな中に少しの心配が滲んだ瞳で見つめられる。少し鼻がじんとするが、特に鼻血が出ているわけでもないので全くもって問題はない。


「ていうかほんと毎回ぶつかってすいません…」

「んーん。俺は大丈夫だけど名前ちんの鼻がいつか潰れちゃわないかしんぱーい」


すとん、地上にゆっくりと下ろされてふうと一息つく。
そもそも、出会いからして私と彼はぶつかったところから始まっているのだ。
一番最初は入学式。母親とはぐれて振り返った瞬間に衝突。そういうことに慣れていただろう彼はあー、ごめんねー。なんてやっぱりお菓子を食べながら(よく考えたら入学式なのに猛者だな)謝ってきて。てっきり先輩だと思った私は、こちらこそ見てなくてすみませんと深々お辞儀して謝ったのだった。

だが、そのあとすぐのクラス発表で自分のクラスに赴いた際、教室の扉の前で二度目の衝突を果たしたのだった。失礼すぎる。しかもてっきり先輩だと思っていた彼は、同級生だった上に同じクラスだったのだ。


とまあ、同じような出来事が何度となく繰り返されている内に彼にも名前を覚えられてしまい、今に至る。
正直ここまでぶつかりまくっているとわざとかと疑われやしないか、内心ハラハラしているのだが、彼は嫌な顔ひとつせずに毎回私の心配をしてくれる。彼については結構傍若無人だという噂も耳にするのだが、私からしたらいい人の印象しかない。

そのため最近は紫原くんのファンの人たちにどやされないか、むしろそっちのが気が気じゃない日々だ。なにしろ彼はバスケの特待生としてこの陽泉に来た程のバスケの腕前で、そして女子の人気がすこぶる高いのだ。いつ目を付けられるかわかったもんじゃない。


「でもなんでこんなぶつかるんでしょうかね…」

「…ねー?」


また迷惑をかけてしまったと項垂れる私に、気にしなくていいよと大きな手で頭を撫でてくれる紫原くん。そう言われるほどに気にしてしまうのが私の性分で。


「あ、そーだ。名前ちん、あーんして?」

「へ?あーん?」

「そう。あーん。」


言われるままにあー、と口を開けると長い指でつままれたなにかが口内に放り込まれた。ころり、口の中で転がすと、それは甘酸っぱいイチゴ味。


「甘い物食べると元気でるじゃん?だからおすそ分けー」

「あ、ありがとう、ございます」


目線を合わせふにゃんと笑った彼の表情に胸がきゅんと高鳴る。いやいやいや、迷惑掛けたあとすぐに胸きゅんするとか人としてどうなの。立場を弁えなさいよ自分。かああ、と熱くなる頬を隠したくて俯くも、今や目線は屈んでくれている紫原くんの方が下で。真っ赤だねーなんてまた笑うものだから耳まで熱くなってしまった。


「でもさー」

「、はい…?」

「案外運命かもよ?」

「へ?」

「俺たち磁石みたいにくっついちゃうから、ぶつかっちゃうのかも」


少しなにか試すような、妖艶な瞳で見上げてそんなことをと言い出す紫原くん。ななな、なんだ今の殺し文句は…!そしてその色気はどこから湧いてきた!と内心パニック状態だ。だって、いつものお菓子大好きで大きな子供みたいな紫原くんからは想像のつかないこの大人っぽさ。


「む、」

「だからさ、」

「ひゃ、!?」

「ずっと傍にいれば、ぶつかんないんじゃない?」


視界が急浮上して、やっと紫原くんに抱えられたのがわかった。子供が父親に抱っこされるような体制でがっしりとした腕に抱き上げられて、私にはもう抗う術はない。さっきより近くなった紫原くんの整った顔に殺し文句も相俟って頭が沸騰しそうなくらい熱い。そんな状態で言葉なんか紡げるはずもない。


回らない頭でわかることは、この気怠い中に獰猛さを孕んだ瞳に囚われたら最後、もう逃げられはしないということだ。



引力キャンディ
(アツシ…わざとぶつかってたこと白状しなくていいのか?)
(いーんじゃない?うまいことまとまったんだしー名前はもう俺の彼女だしー)
(あーあ。彼女もかわいそうネ。アツシに騙されたアル。)
(劉ちんうるさいよ。俺はちゃんと愛してるからいーの)

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計画的犯行だったむっくん。

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