「キセリョくーん!」

「あ、名前っち先輩!」

「ごめんねー待った?」

「いや全然っス!!てかむしろ来てもらっちゃってすみません」

「いーのいーの!部活お疲れさまです」


あれから先輩たちは気を利かせて早々に帰ってくれたので(その際笠松先輩にわかってるよな?と牽制されたのは言うまでも無い)体育館の前で名前っち先輩がくるのを逸る気持ちを抑えて待っていた。てか、俺汗臭くないっすかね…?一応シャワーは浴びたし香水もふったけど。


終始そわそわとしているとチリンチリンと自転車のベルを鳴らす音が聞こえてきて。ふと視線を上げると、門の方から颯爽と手を振って現れたのは予想通り名前っち先輩だった。体育館横に駐輪するとこちらに手を振って駆け寄ってくる。その姿はデニムのショートパンツにサンダルというまさに夏そのものの装いで。健全な男子高校生である俺は若干目が泳いでしまった。ソックスに隠れてない生足…!そして初めて目の当たりにする私服姿に頬が熱くなる。至ってシンプルな服装であるものの、初めて見る好きな人の私服姿ってだけで十分たまらないものがある訳で。やべ、可愛すぎっス…!


「先に買出し行く?それとも片付けする?」

「…じゃあ、買出しで!」


彼女の中でナチュラルに家に来るかんじで話しが進んでいるようだが、本当に家に来るんスか?などという野暮なことは聞かないでおいた。卑怯でもなんでも好きに言えばいい。いや、だからって連れ込んでなにかしようという気は更々ないっスけどね!?ただ、外だとファンとかに絡まれて一緒に過ごすどころの話じゃなくなってしまう危険もあるし。買い物はぱぱっと済ませて家に来てもらったほうが、長く一緒に居れるかなー…なんて


「おっけ!さ、お乗り!」

「へ!?お乗り、って…」

「お巡りさんには注意するとも!」


自分への言い訳作りに悶々としていると、ドヤ顔をしながら後ろの荷台を親指で指差す名前っち先輩。なかなかにシュールである。てか、なんで俺が乗る側なんスか!?


「あ、ていうかキセリョくんも自転車通学?」

「いや違うっスけど!そうじゃなくて、2ケツするなら名前っち先輩が後ろっス!」

「え?いやいや私結構力持ちだし!」

「だーめっス!!」


なぜその小さい体で当たり前のように漕ぐ気でいるのかさっぱりわからない。名前っち先輩にはなにかと押し切られてばかりの俺だが、これだけは譲るわけにはいかない。借りますね、と少々強引にハンドルを握って乗るように促す。じゃあお願いしまーすと若干拗ね気味に名前っち先輩が荷台に跨った。(やばい拗ねた顔も可愛い)


しっかり掴まってくださいねーと少しの下心込みで声を掛けると、はーいと間延びした返事と共に腰部分のYシャツがきゅっと掴まれる感覚。心臓の辺りがきゅんとしたのが自分でもわかった。…これは、予想以上にクる。


ドキドキしながら発進の合図を出してペダルを踏み込むとあまりの軽さに驚愕して。中学時代に黒子っちを乗せたときも軽いと思ったが、それの比ではない。こんな軽い体によくあんな量の昼飯が入るなあと改めてびっくりするほかなかった。


「わー!キセリョくんが漕ぐと速いねえ」

「あ、恐いスか?スピード落としましょうか?」

「大丈夫!すっごい気持ちいー♪」


表情は伺えないものの、すごく楽しそうな様子は伝わってきてこちらまで嬉しくなる。…ただ、気持ちいいって…その一言にちょっといろんなものがグラグラしたのは秘密だ。変態と言われようがムッツリと言われようがしょうがないんス!!俺、青春真っ盛りな高校生!!


すべるように校舎内を抜けて街へ向かってペダルを漕ぐ。追い風で名前っち先輩のシャンプー(たぶん)の香りが鼻腔を擽って、二度目の胸きゅんを体験した。


人通りの多い街中に出ると、もう二人乗りできるような道の広さはなく、ゆっくりとブレーキを掛けて調度いい段差のところで停車する。ひょいと飛び降りた名前っち先輩がありがと!とにっこり笑うのでつられてどういたしましてとこちらも微笑んだ。


「よく二人乗りはするんスか?」

「中学時代は友達とよくしてたけどねー。最近しないなあ」

「笠松先輩とも?」

「ゆっくんは危ねえことすんな!ってむしろ怒るから」


お目当ての量販店へ徒歩で向かう道すがら、他愛もない話をする。
それとない過去への嫉妬心から聞いた質問に、まさかの二人だけの秘密ね!なんて答えが返ってきて。そんな風に言われて、ときめかないはずがないだろう。この人はほんと、ある意味すごく魔性なのではないだろうか。緩む口許をハンドルを握っていない方の手で隠しながら、平静を装う。


「じゃあ、俺が久しぶりっスか?」

「うん!ていうか、男の子としたの初めて!」


男の子ってやっぱ力あるんだねースピードが違う!なんて暢気に話す名前っち先輩は、自分がどれだけ俺を揺さぶることを言ったのかは全くわかっていないようで。
初めて、という言葉が頭の中でリフレインする。男は女の最初の男になりたがる、なんて格言でよく聞く言葉だけど、今回ばかりは妙に納得してしまった。彼女の初めてをひとつもらえただけでも、飛び上がりたいくらいに嬉しくて。今度は緩むどころか上がる口角を抑えられなかった。




『ハジメテ』頂戴します。
(キセリョくん、顔隠してどうしたの?)
(いや、今相当だらしない顔してるんで見ないでくださいっス)

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思った以上に話が長引いた。

※ちなみに二人乗りは交通違反です。
 フィクションなのであしからず。

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