黒板に埋め尽くされる数字と記号をぼんやりと眺めている4限目の半ば。生徒の約半数は睡眠学習で忙しい様子だ。
頬杖をついて左側に目を向ければ、青々とした空と入道雲が浮かんでいた。ああ、もう完璧夏だな。呪文のような言葉を唱える先生の声は右から左へと聞き流しながら、ぼんやりと白紙のままのノートに視線を戻す。机の隙間から覗く携帯電話には、メールを知らせる案内画面が見えて。表示されているのは見たことのないアドレス。またどうせ俺のアドレスを又聞きした女の子からだろう。よくあるんスよねえ。無視無視。


はあ、とひとつため息を吐いて、未送信ボックスを確認する。中には名前っち先輩という文字が何列にも連なっていて。でもどれもこれも、文章は未完成のまま。

先日、彼女と無事アドレスを交換した俺は早速メールを送ろうと新規メールを開いたのだが、どうしても上手く文章がまとまらず。頭を抱えながら、長すぎはウザいだろうか、だからと言ってそっけないのも返事が来ないかもしれない。そんな乙女のようなことを繰り返していたらすっかり未送信ボックスは中途半端な新規メールでこの有様になっていた。笠松先輩にあんな宣戦布告したくせに意気地なしすぎる。
携帯閉じてがくりと項垂れると、またしても光りだした携帯。もー、なんなんスか。しつこいな。八つ当たりも甚だしい感情のまま、携帯画面を見ると、まさかの人物の名前にイライラはあの入道雲の彼方に飛んでいった。え!ちょ、ま、名前っち先輩、って書いてある…!?



6/ 5 11:45
frm 名前っち先輩
sb (no title)
―――――――――――――
おなかすいた



「ぶふっ」


先生の呪文のみが占めていた教室に俺の噴出す声はいやに響いて。起きていた半数の視線が一気に集中する。ごほん、とひとつ咳払いのあと、すみませんと営業スマイルでなんとかやり過ごしたが、恥ずかしくて死にそうだった。


それにしても、なんていうタイミングだろうか。もしや運命?なんて思ってしまう俺は完璧な乙女だ。笑えない。
でも、初っ端のメールがいきなりこのメールとはほんと予測不能な人だ。だがそんな奇想天外なところすらも可愛いと思えてしまう辺り、最早俺は手遅れなのだろう。どんな内容だっていい。彼女からメールが来た、その事実にどうしたって口角が上がってしまう。気持ち悪い笑みをそのままに返信画面を開く。


「(えーと、【あと少しの我慢っスよ!今日も秘密基地っスか?】っと。)」


未だかつて、送信画面にこんなにもドキドキしたことはあっただろうか。送信完了の文字の後、速攻で送信ボックスを確認しにいく。送信完了、よし。ちゃんと送られている。絵文字の選択も、多分間違ってない、はず。(いやでもひよこはおかしかったかな…)
百面相しながら、机の隙間からメール画面と睨めっこしていると、すぐに画面の左上にメールマークがついて。え、名前っち先輩返信早っ!



6/ 5 11:48
frm 名前っち先輩
sb (no title)
―――――――――――――
そそ♪
キセリョくんもくるー?




「っ!!」


やばい、やばいやばい。もう俺死んでもいいかもしんない。興奮を噛み殺すのに必死すぎて机に突っ伏す。いよいよ先生の視線が不審なものを見る目になったが、今やそんなことはどうでも良い。今、俺は幸せの絶頂にいるのだ。好きにしてくれっス!!
速攻で【行きます!!】と返信を入れて携帯を閉じると、時計は予鈴まであと10分を差したころだった。結局白紙のままだったノートは閉じて、参考書もろとも机に突っ込む。あとはもうかばんを掴んで外に出るだけ。臨戦態勢で10分間を待つ。にしても、10分ってこんなに長かったんだ。バスケの1クォーターはあっという間なのに。そんなことを考えながら、黒板右上の時計の秒針を睨むのだった。



乙女モード全開
(よっしゃ予鈴鳴ったああああ!!)


おまけ


「名前っち先輩ー!って、あれ…?」

「あ、きた。」

「ひへろふん!」

「食いながら喋るんじゃねえ!」

「ったあああ!」

「…森山先輩に笠松先輩、一緒だったんスか…」

「なんだよその落胆っぷりは」

「?」

「っ、黄瀬、ごめ、ぶはっ!!」

「森山先輩!!笑わないでください!!」

「んぐ。キセリョくんやっぱ嫌だった?」

「ち、違うんス!誘ってもらえたのは、嬉しかったっス!」

「そうなの?」

「もちろんだよ名前ちゃん。ただ黄瀬からしたら俺たちが邪…」

「わあああああああ!!」

「黄瀬ぇ!うるせえ!!」

「もおお!なんでこーなるんスかあああ!!

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報われないオトメン黄瀬。

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