「黄瀬!!」

「!?は、はいっス!!」

「バカヤロー!てめえ集中しろ!!」

「いってええ!!すんませんー!!」


心ここに在らずな状態だったせいか珍しくボールをファンブルしてしまった。まずい!と思った頃にはもう遅く、笠松先輩の怒号と蹴りが炸裂した。どんだけ意識散漫してんだ自分…。


「集中力のねえ奴はいらねえ。ちょっと頭冷やしてこい」

「…すいません。」


大丈夫か?と心配してくれる小堀先輩にすいませんと返し、笠松先輩にバシリと頭を叩かれてコートと後にする。Tシャツの襟首で流れ落ちる汗を拭いながら体育館脇の水道へ着くや蛇口を思いっきり捻って頭から流水を被った。体育館に響くスキール音が遠くに聞こえる。ぞわりとする感覚はすぐに無くなって、頭皮を覆う冷たさにぼんやりとした思考が少しだけ冴えた気がした。


「ほんとに頭冷やしてんなバカ」

「あ…いや、そーゆーつもりじゃ…わぷ」

「わかってるわ。使え」


ポタリポタリ、髪から伝って排水口に吸い込まれていく雫をぼんやり見ていると後ろから笠松先輩の声が聞こえた。振り返ると同時に顔面にふわりとした物が降ってくる。あ、俺のタオル。犬みたいに水飛ばすんじゃねえ、なんてぶっきらぼうだが、先輩なりの心配なのだともう分かった。


「…で、どうしたんだ」

「……いや。てか練習は、」

「休憩だバカ野郎」


ん。と渡されたスポーツ飲料の入ったボトル。隣でそれを流し込んでいる先輩に習って少しだけ口をつける。


「どーせバスケのことじゃねえんだろ」

「え…」

「ったく。部活にプライベート持ち込むんじゃねえよアホ」

「…すいませんっス。…初めてのことで、正直どうしていいかわかんないんス」


誰かのことでこんなに心臓が鷲掴みにされたような感覚になるのは初めてで。今までだって付き合った子はたくさんいたし(まあ1ヶ月と持たなかったけど)デートした子はごまんといるのにこんな気持ちになったことはなかった。俺を好きな女の子はみんな可愛い、そう思うくらいで。
それがどういう訳か、彼女のことはどんなに消そうとしても頭から消えない。笑顔ひとつで世界がこんなにも輝いて見えるのだ。ありえないありえないありえない。


ふと、彼女たちもこんな気持ちだったのだろうかなんて考えが頭を巡って。自分の傲慢さを始めて客観視して穴に入りたくなった。しかもこの真っ直ぐな男を傍でずっと見てきた彼女が、俺のような軽薄そのもの(現時点で)の男を好きになるとは思えない。みるみる内に今までの自信が崩壊していくのが分かって項垂れた。


「…落ち込んでるとこあれだけどよ」

「はい…?」

「俺は、れ、恋愛とかよくわかんねえけど。」

「でしょうね」

「シバくぞ。…初めてのことなんて誰にだってあるだろ。落ち込んだりしてるヒマがあったら前向きに向き合ってくほうがいいんじゃねーの」


そっぽ向いて未だにがぶがぶとボトルを傾ける笠松先輩。
…そっか。それもそうだ。誰かと比べたってしょうがない。俺は俺で勝負するしかない。今の俺じゃダメでも、これからの俺はまだまだ未知数。早い話、俺自身が変わればいいのだ。


名前っち先輩のように、真っ直ぐ向き合えるような人になりたい。出来れば、そんな彼女を守れるくらいに。
願わくは、いつも笑顔のあの人が涙を流す時、泣ける場所は笠松先輩の傍じゃなく、俺の傍であってほしいから。


「笠松先輩、ありがとうございます。」

「おお。」

「でも俺負けないっスから」

「は?」

「笠松先輩の場所奪うつもりで行くっスよ俺!」


吹っ切れたせいかさっきまでの陰鬱な気分の影もない。
名前っち先輩が好きだ。認めてしまえば、こんなにも簡単だった。



初恋超特急
(…なに言ってんだアイツ。PG志望か?)
(なあ、黄瀬の好きな子わかってる?)
(ぎゃっ!森山いつから…!はあ?わかんねえよ)
(センパーイ!監督が練習再開って言ってますよー!!)
(これから面白くなりそうだなあー)

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ふっきれた。

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