やばい、こんなに緊張して学校行くのなんて初めてかもしんないっス。マジで。
森山先輩に散々からかわれながらも、昼休みにこっそり名前っち先輩の下駄箱に例のブツを忍ばせたのだ。誰宛かわかるようにちゃんと俺の名前とお礼、更にはメールアドレスを書いたメモも箱の下に置いて。なのに、まさかのメール無しってどういうことスか!

昼休みに覗いた下駄箱の中には小さなローファーが入っていたし、見てないなんてことはまず無いはず。俺がメアドを書き間違えたのか?それともいきなりプレゼントなんかしたから気味悪がっているとか…そんなことを悶々と考えていたら朝になっていた。てかそもそも俺からメアド教えたのも初めてだったんスけど!それを無視って!
若干寝不足だし気分は晴れないしで、憂鬱な気持ちのままとぼとぼと正門をくぐる。黄瀬くんおはよう!なんて女の子の黄色い声にも、軽く手を上げて少しの愛想笑いでしか返せなかった。大きなため息を一つ吐いて、自分の下駄箱に手をかける。心なしか蓋が重い気がするのは気のせいだろうか。


「はあ…ん?」


上履きに手を伸ばそうとした刹那、そこで手が止まる。上履きの上にはピンクのメモが置いてあり、そこには丸い女の子らしい文字で【秘密基地で待つ!】とだけ書かれていた。


「名前っち先輩…?」


心臓が動悸が早くなるのがわかる。秘密基地、この単語で彼女であることはほぼ確定だ。下駄箱にメモを入れるあたり、昨日のブツは彼女の手に渡ったことも伺える。でもなぜかこの果たし状的な感じはとても不穏だと感じて。最悪のシナリオが脳内で描かれていく。やっぱり迷惑だったってことなのだろうか。うわー、バックレてえ。女の子に一度としてなにかを断られたことのない自分には、こういうのは初めての展開で。思ったよりショックを隠しきれず下駄箱にゴツンと頭をぶつけるハメになった。
でも、もう待つと言われたからには行かない訳には行かない訳で。重たい足取りであの場所を目指した。


「名前っち先輩、いますか?」


初夏の爽やかな風で揺れる木々。葉の擦れる音のみが空間に響く。きょろきょろと辺りを見渡したところで、階段からひょっこり現れた小柄な女の子は、紛れも無い名前っち先輩だった。


「キセリョくん!」

「あの、」

「ありがとう!」


なにを言ったらいいのかわからなくて言葉が口の中でこんがらがる。名前を呼ばれてびくりとすると同時に満面の笑顔でお礼を述べられて呆気に取られてしまった。…お礼?


「えと、あの、怒ってたんじゃ、」

「え?あんまりにも嬉しかったからお礼言いたかったんだよ!」


今まで見た中で一番の笑顔で両手で大事そうに持っているのは、確かに昨日彼女に渡したタオルのハンカチ。黄色地にひよこが刺繍された可愛らしいそれは一目で名前さんのイメージにぴたりと当てはまって、即決で選んだ物だった。嬉しそうな笑顔に先程までの憂鬱な気分が針を刺したようにしぼんでいく。へなへなとその場にへたり込むと名前さんは少し慌てた様子で近づいてきた。


「キセリョくん?どうしたの?」

「…いや、安心して」

「安心?」

「昨日、メールこないし。今日のメモは果たし状みたいだったから、てっきり怒られるのかと思ってたっス…」

「…メール?」

「あれ?メモに俺書きましたよね」

「え?メモなんかなかったよ?」

「え!?じゃあなんで俺からってわかったんスか!」

「…ふ、女の勘?なーんて嘘嘘。ゆっくんからパン代のこと気にしてたって聞いてたんだ。まさかプレゼントくれるとは思わなかったけどね!」


それに包装紙もタオルも黄色だったから!なんて笑顔で言われて初めてそんなことに気が付いて赤面する。うわ、俺どんだけ自己主張激しいんスか…死にたい…。
頭を抱えながらも、それでも疑問点は多々残る。メモのことはどういうことなんだ一体。


「だからお礼言いたかったんだけど、アドレスわかんなかったし。どうしようかなって思ってたら森山くんから偶然連絡あって!」

「森山先輩?、!!」

「相談したらメモでも下駄箱に入れとけばーって!森山くん、黄瀬くんの出席番号まで知ってるの!おかしいよねー」


それで下駄箱に入れときました!と敬礼する名前っち先輩。そういうことか。森山先輩…やってくれたじゃないっスか。ふつふつと怒りがこみ上げるものの、なにも知らない名前っち先輩を巻き込めないので心のなかに留めておいた。部活の時覚悟しておくっスよ。先輩とかもう関係ないっス。


とりあえず名前っち先輩もとても喜んでくれている訳だしひとまずは一件落着。ぽかぽかとした胸の暖かさにふと気を緩めた時、ポケットで携帯が光っているのが目に入った。ああ、やっと周りを見る余裕が出てきたみたいだなと苦笑しながらメール画面を開くと目に飛び込んできたのは【森山先輩】の文字。
この野郎くらいの気持ちでメールの内容に目を通したのに、読み終わる頃には結局は自分がへたり込むことになってしまったのだった。


「……あああ、」

「キセリョくん!?」


本日二度目のへたり込み。今度は体育座り付き。ああどうしよう恥ずかしくて顔も上げられない。


5/ 28 08:11
frm 森山先輩
sb 悩める少年へ
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黄瀬へ 
・メールが来なくてイライラした
・携帯が光るたびに反応した
・でも結局違う人物で落胆した
・なぜ来ないのか考えた
・考えすぎてネガティブになった
・彼女に嫌われたのかと怖かった
・結局気になって寝付けなかった
・最悪の状況を思い浮かべて学校に来た
・貰ってくれたか心配だった
・彼女の笑顔を見て安心した
・彼女の笑顔がなにより嬉しかった


いくつ当てはまった?
1個でも当てはまったら、
きっとそれは恋らしいぞ。
ネットに書いてあったから間違いない。
メモは今日の部活の時に返してやる。
検討を祈る!



「…全部だったらなにになるんスか…」

「へ?」



初恋症候群
(ダメだ、自覚した途端名前っち先輩が可愛すぎて顔あげらんない)
(キセリョくん!予鈴鳴っちゃうよ!!)

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森山先輩が策士!
自覚しました。



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