パンクハザードに来て半年程経った頃、その騒ぎは突然やってきた。雪に閉ざされたこの静かな施設が突然何者かに襲撃されたのだ。

残念ながら船長はこの部屋にはおらず。慌ただしくなるドアの向こうに内心焦りつつハートの海賊団のシンボルマークが入ったロングコートをしっかり着込み帽子を目深に被って万が一外に出てしまった時でも寒さで凍えることのないよう準備をする。ついでにたった今炊き上がったほかほかのご飯で野球部の息子に持たせんのか?みたいなおにぎりを二つ爆速で仕上げてアルミ箔に包みリュックに入れる。包帯とガーゼと紙テープも念のため。この外に出たら何があるかはわからないからね。年取ると万が一に備えようとマジで荷物増えるよね。


「(緊急時はとにかくR棟、だよねたしか)」



残念ながら突然のことすぎて私の声帯はまだ船長のポケットの中で眠っている。必要なものを入れたリュックを背負い、筆談用の紐を通した小さな黒板とチョークをポシェットのように斜め掛けにしたら人気がないのを見計らってR棟へと走り出した。


・・・・・


「(ここがB棟だよね?一階は騒がしいな…2階を通った方がいいかもしれない)」


螺旋階段を登り、モルタル塗りのような真っ白な壁に囲まれた道を進んで行くと何やらキュイーンという機械音が壁の向こうから聴こえてきて。え?何の音?と思う間もなくレーザー光線が壁を焼き切りそこにぽっかりとした穴を空けた。いや何言ってるかわかんないよね?私もわかんない。は?焼き切れた壁の残骸が轟音を響かせ瓦礫となったのを間近で見届け、一歩でも動いてたら死んでたことを確信し嫌な汗が一気に吹き出したのがわかった。そんな実況してる場合じゃない!!この向こうにやべー奴いる!!早く逃げないと!!



「(ハア!ハア、扉、?)」


とにかくここを通らないとR棟まで抜けることができないのでベポ直伝の体術で扉の真ん中に中段蹴りを入れる。武装色の覇気はどうにも苦手で纏うところまでしか習得できず、この数ヶ月船長直々に鍛錬もつけてもらったものの硬化まではマスターできなかった。だが動かないただの扉くらいなら簡単に蹴破ることはできた。



「うわあ!…お姉ちゃん、だれ?」
「(えっでっか!子供、?しかもめっちゃいる!?)」


扉が開くとそこにはだだっ広いメルヘンな吹き抜けの部屋が広がっていた。そこにめちゃくちゃ大きな子供から中くらいサイズで大きい子供、そして普通サイズの子供と、とにかくかなりの人数の子供たちが居て、ここは幼稚園…?私が状況把握のためフリーズしていると蹴破ってきた扉をさらに蹴り飛ばす大きな音がして、えっ嘘、もう見つかったの死ぬじゃん


「扉だ!!」


現れたのは眉毛がぐるぐるした黒いスーツの金髪お兄さん。その背後にはオレンジ髪のダイナマイトボディな美人のお姉さん。あれ?なんかあのお姉さん見たことある気が…


「はっ!モコモコの女の子!?…とでけェ子供!??しかも子供だらけ!!何だここ!!」
「わっ、次々に誰なの!?」
「知らない人たち…?」



居合わせた私と子供たちとぐるぐる眉毛のお兄さんたちの集団。まさかの三つ巴状態。私数ヶ月もここに居たのにまじでなんも知らんな!!!



「子供も気になるが君は一体…?とってもチャーミングな帽子を被ったマドモアゼル」
「(まど、?)」
「"氷った人たち"!?逃げて来たの!?」
「氷った人?」
「ロボだー!!」



やばい話の収拾がつかないなこれ。なんかぐる眉さんは私にマドモアゼル?とか言って手袋でモコモコした私の手を包んで恭しく跪いてるんだけど…敵意は感じないし、寧ろなんか歓迎?されてるから敵じゃないのかな?とりあえず…。子供たちの言う氷った人の件も全くわからないしぐる眉さんの仲間らしき人たちの中にはロボとたぬきもいるし、なんの集団なのかほんと謎。どうしたらいいかわかんない助けて船長



「『モモの助』という子を知らぬか!?男子でござる!!」


突然大きな声がぐる眉さんの小脇から聞こえて視線を移すととんでもなくでかい生首が叫んでいて失神するかと思った。生首だったの!?バッグがなんかだと思い込んでた…!というかこの喋る生首絶対船長が切った奴でしょ…!!見慣れすぎてるやつ…!!そんなこと思ってるうちに喋り出した生首を怖がって子供たちが逃げ出す。そらそーだ。



「待てー!!脱走者達ィ!!逃すな!!」
「とにかくここを出るなら君も一緒に行こう!!」
「(喋れないから頷くしかない…!)」


阿鼻叫喚のメルヘンルームに見慣れた防護服を着込んだこの施設の職員(という名のたぶんチンピラ)が武器を持って突入してくる。防護服のせいで私の顔を知っている職員かどうか判断がつかないのでとりあえずはぐる眉さんについて逃げるしかない。子供たちがとても気になるけど…。


「助けて!!……!!ねえ!!」
「ねえ!!お姉ちゃん!!私達を助けて!!!」


混乱の中走りだそうとすると大きな体の男の子と同じく大きな体の女の子が行手を阻み泣きながら助けを求めてきた。病気は治ったからおうちに帰りたい、そう言って涙を堪えて助けを求める子供たち。走る足を止めてこれまでの数ヶ月間の違和感を私は思い出していた。



『子供のすすり泣く声』



点だったものが繋がっていく。…子供の幽霊なんか、居なかったんだ。本物の子供たちがこの施設に閉じ込められていたんだ。



「……助けよう!!子供達!!」



罪悪感でフリーズしてしまった私の思考に凛とした声が飛び込んでくる。オレンジ髪のお姉さんが子供たちを背に庇い苦渋に満ちた表情ながらも覚悟を決めてそう叫ぶ。ぐる眉さんが立ち止まり正論でお姉さんを諭すがお姉さんも譲らない。



「子供に泣いて助けてって言われたら!!もう背中向けられないじゃないっ!!!」



真っ直ぐな瞳と真っ直ぐなその言葉は私の中の後悔も薙ぎ払って、そこに一つの芯をくれたような心地だった。今、子供たちの声に気付けなかったことを悔いてもしょうがない。ならばこの信頼にたる人とともに子供たちを家族の元に返してあげればいい。首にぶら下げた黒板にチョークで端的に書き殴る。



「ガキ共がどかねェ!!このままじゃ逃げられる!!構わねえガキごとやっちまブェァッ!!」
「"協力します"」
「えっ!?あなた、」
「"悪魔風脚""肩肉ストライク"!!!」



子供たちに向けられた銃に照準を合わせ相手の懐に潜り込んで銃ごと相手の顎を蹴り上げる。ベポ直伝船長仕込みの体術も実践では初めての披露だったがちゃんと冷静にできている気がする。すかさずお姉さんに【協力します】と書いた黒板を見せると目を白黒させていた。回転してすっぽ抜けていく銃にぐる眉さんは飛び乗ると同時に防護服職員をとんでもない蹴りで一蹴した。それに続くようにたぬきさんもロボさんもとんでもない反撃を仕掛けていく。もしかしてこの人たちめちゃくちゃ強いんじゃ…!?



「おいガキ共『キレーなお姉さん』と『可愛い無口なお嬢さん』と『カンフー狸』についていけ!!追っ手はおれ達がくい止める!!」



逃走する
(ナチュラルに一緒に逃げることになった)

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