外の猛吹雪は一度として止むことはなく、ほとんど軟禁状態のままこのパンクハザードという島に来て二ヶ月程が過ぎた。


「(おはようございます船長)」

「ああ。」

「(今日も長い一日が始まるんですね…)」

「大人しく読み書きでもしてろ。」

「(毎日してますよ!喋れないから!ほら前より読みやすくなったでしょ!?)」

「…いいとこ10歳の字だな」

「(やった!前聞いた時5歳って言われたから成長してる!船長にほめられた!)」

「褒めてねえ」



朝起きて枕元にある筆談用の黒板とチョークを持って自分の部屋から隣の船長の部屋へ行き、新聞に目を通しながらダイニングに座っている船長に緑茶とおにぎりを出す。これがパンクハザードに間違えて着いてきてしまった私の一日の始まりだ。一応この施設にも食堂のようなものはあるらしいがどうも船長の口には合わなかったらしく、わざわざ部屋に最低限自炊できる設備を整えて私に料理させているのだ。俺様すぎる。



「(今日もこのあとは徘徊ですか?)」

「ボケ老人みたいな言い方はやめろ。仕事だ。お前と違って暇じゃないんでな」

「(私だって何かできるなら手伝いますって言ってるのに)」

「俺が仕事増やされるだけだろ」

「(ぐうの音もでない)」


船長はちょくちょくその施設内を徘徊してなにかやっているようだが、私は一人で出歩くなと釘を刺されているのでこの居住としているA棟からはほとんど出た試しがない。何度か船長に連れられて万が一何かあったとき迷わないようにと脱出経路を覚えるため回ったくらいだった。日がな一日この船長の部屋と自分の部屋の行き来だけしかしないのは本当に時の流れを忘れそうになる。


「(そういえば昨日の夜、子供のすすり泣く声しませんでした?)」

「…しなかったが。吹雪の音じゃねえのか」

「(うそ無理絶対幽霊じゃん)」

「幽霊なんているか、アホ」


絶対幽霊だよおおおお!!声が出ないから叫ぶこともできないが恐ろしさから半泣きになる私をもぐもぐと口いっぱいにおにぎりを頬張っている船長はくだらねえと吐き捨てた。船長は絶対幽霊否定派だろうと予想していたからその反応は想定内だけども!!でも!私は!!肯定派だから怖いの!!


「(今日船長の部屋で寝ていいですか?私床でいいんで)」

「ダメに決まってんだろ。変なこと言ってる暇があるなら部屋の隅々まで掃除しておけ。何かに没頭してりゃ忘れる。」

「(体よく雑務押し付けられた感…!)」


船長の鬼!!と黒板に書き殴って見せても呆れた顔でため息を吐かれただけだった。程なくして船長が部屋から出て行くのを見送りドアが閉まると、聞こえてくるのは二重窓から少しだけ聞こえる吹雪の荒ぶ音のみ。しんと静まり返った船長の部屋に一人っきりという現実を忘れるため洗濯と掃除に取り掛かかった。船長の思惑通りなのが釈然としないなちくしょー。


・・・・・・・・


いつもと同じように名前を部屋に残して向かったのはシーザーの研究室。用があるのは正確にはシーザーの秘書であるモネだが。一応ノックをして返事を待ち入室するとどうやらシーザーは出かけているようでモネだけが机に向かっていた。


「なにか御用?」

「…何をしてるのか詮索するつもりはねえ。だが夜中に子供の声がうるさいのはどうにかしろ。もう少し静かに連れて来れないのか」

「あら、ごめんなさい。極力静かに連れてきてるはずなんだけど…でも子供だもの、泣くこともあるわ。側に静かな子供しか居ないから煩く感じる?」

「…」

「フフ。こちらとしてはせっかく手を組んだのだし、お世話係さんにも手を貸してほしいところなんだけど。貴方のお世話だけじゃ暇でしょう?歳の近いお姉さんは子供たちの人気者よ」

「…喋れねえ奴に何ができる」

「フフフ!過保護だこと。」


泣き声の件は善処はするわ。そう言っていつものビン底眼鏡をかけて物書きに戻ったモネに舌打ちを一つ残して部屋から出る。

幸いにも名前は子供の泣き声を幽霊だと勘違いしていたようなのでまだ誤魔化しようはあるが、幽霊ではなく実在する子供を監禁しているなんてことが彼女に知れたら倫理観だけは一丁前の彼女のことだそれはもう面倒なことになるだろう。(どうにかして逃せないのかとしつこく聞いてくるのが目に見えている)
正直、海賊が嵩張るようなこの世界で人攫いや子供の連れ去りなんて氷山の一角にすぎない。ここで助けただけで全世界の子供が救かるわけでもなしに。しかしアイツはまだそんなふうに割り切れていないのだ。…今後も割り切れるようになるとも思えないが。頭が痛えと思いながら暗い廊下を歩き出した。



・・・・・・・


「(掃除も洗濯も終わっちゃった…)」


船と違って少し楽なのはここがもともとDr.ベガパンクという海軍の天才科学者の研究所だったことで身の回りの家事をこなす道具が非常に優れていることだ。
私のいた世界でいう洗濯機や乾燥機や掃除機と似たようなものがあって船で家事をこなすよりも格段に楽でとても助かっている。今日に限ってはもう少し没頭したかったのが本音だけど…。

掃除洗濯が終わったら昼食を船長の部屋で済ませて部屋にたくさんあった本を使って読み書きの練習と辞書で調べながら内容を読んで過ごす。ベガパンクさんの趣味なのか御伽噺のような物語の本から私には理解が及ばない難しそうな研究の本まで多岐にわたるジャンルが蔵書されていたので、その中からその日の気分で本は選ばせてもらっていた。
そうこうしているうちに夕飯時だ。補給品から今日の夕飯の献立を決めて下準備をしておき、船長が帰ってきたら一緒に食べて片付けをする。そのあと毎日している覇気の特訓を船長に付き合ってもらい、自室に解散し風呂に入って寝る。ここの生活に慣れてきてからはずっとこの繰り返しだ。こうやって一日のタイムスケジュールを鑑みるとほとんど船長の部屋にいるな。老夫婦みたいな生活である。いや船長と夫婦とか恐れ多すぎるけども。


「…戻ったぞ。」
「(船長!おかえりなさい!)」
「ああ。特に何もなかったか」
「(ええ。いつもどおりなーんにもなくて暇でした。)」
「よかったな。幽霊がでなくて」
「(思ってもないくせに…)」



ひまをする
(嵐の前の静かさとはこのこと)








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