「ハアッ、ハアッ、うぐ、はあ、はあ」

「…まあ、合格にしてやるか」


船長から繰り出される武装色を纏った覇気。全て寸でのところでかわして逃げるも私の体力は完全に底をついていた。しぶしぶながらも船長から出た合格の言葉に今まで張り詰めていた緊張の糸がプツンと切れるのがわかった。


「名前おめでとおおおおお!!!」

「はあ、べぽお、」


もう動けない、そう確信して甲板に倒れこむのと同時に感極まった様子でこちらに走ってきたベポに傾いた身体を掬い上げられるように熱く抱擁された。白く柔らかいモフモフの毛皮が私の汗で濡れた腕や首筋に張り付いてしまって申し訳ない。掠れる声で汚れちゃうよ、と声を掛けるとそんなことどうだっていいよ!よく頑張ったね!と更に強く抱きしめられた。


・・・・・・・・・・・・・・・



あのマリンフォードでの頂上決戦から一年以上。ハートの海賊団、というか船長の悪名は止まることを知らず、数々の衝撃的な事件を起こしまくり遂には七武海入りを果たしてしまった。(まあそう言っても一般人には一切危害は加えていないので誤解しないで頂きたい)


「でも名前がたった一年ちょっとで見聞色の覇気使いになるなんてなあ」

「…船長のスパルタ指導の賜物ですね本当に。何度殺されると思ったことか」


たった一年。されど一年。船長の取るべきイスは必ず奪う宣言から具体化した壮大な計画を進行するにあたり、一番のネックは私の存在だった。


「お前ベポに体術習い始めたって言ってたな。」

「はい。めっちゃ筋肉痛だし痣だらけですよ今。見ます?」

「…結構だ。それでだ。おれも少し考えを改めることにした。」

「改める、とは?」

「お前を戦闘員にするつもりは今もねえ。が、こっから先の海は何が起きるか全く未知数だ。自衛できるに越したことはない。そこでお前に体術とはまた別に課題を与えようと思う。」

「…課題」

「お前には見聞色の覇気を使えるようになってもらう」



本当にこの一年、地獄の日々だった。うわ、思い出しただけで泣きそう。


「攻撃はいいから逃げれるようになれって、過保護なキャプテンらしいよね」

「…ベポ」

「キャプテンごめんなさいっ!!」


鬼哭をスラリと抜く船長にベポが逆毛を立て私の後ろに隠れた。その大きい体は全く隠れてませんけども。


「よっしゃ、じゃあ今日は名前の覇気習得記念パーティするぞ!!」

「いーねえ!!乗った!!」

「わーい!!お肉♪お肉♪」


言いだしっぺのシャチを皮切りに、酒だ肉だと騒ぎ出すクルーたち。結局私の覇気習得は口実でしかないようだ。


「名前」


甲板にべたりと座りダイニングに我先にと向かっていくみんなの様子を笑って見送っていると、ふいに船長に名前を呼ばれた。はい?と船長に向き直って返事をした瞬間、弧を描いて胸元に飛んできたキラキラ輝くもの。うお、ナイスキャッチ私!


「…これは、」


少し傷のある年季の入った金貨。普段使っているコインとは刻印も裏の装飾も違っていて、たぶんそもそもこの辺で使われている通貨ではなさそうだった。金貨の上部には小さな穴が開けられていて、その穴には同じく金色の細いチェーンが通っていた。…これは、所謂ネックレスというものではないだろうか。


「褒美だ。」


いつものポーカーフェイスのまま、素っ気なくそう言い放つ船長。そういえば、いつだったかペンギンさんから船長の趣味が記念コイン集めだと聞いた覚えがある。なかなか可愛い趣味をお持ちだなと思ったものだ。そしてこのコインのネックレス。もしかして、


「作ってくれたんですか?」

「……穴開けてチェーン通しただけだ」


ぶっきらぼうに眉間に皺を寄せながらそう言い放つ船長。そんな風に凄まれても、短くない時間を船長と過ごしてきた私は全く怖くなんかなくて。嬉しくて、ネックレスがさっき以上に輝いて見える。立ち上がって真上に広がる青空に金貨を翳してくるくる回る。棒のようだった足も嬉しさで少し軽く感じた。


「転ぶぞ。」

「ふふふ!船長、ありがとうございます、毎日肌身離さずつけます!」

「…好きにしろ。」

「だから、待ってますからね、私」


浮かれる私に呆れて踵を返すその長い足を引き止めるため、背中に声を掛けると船長は少し驚いた顔で振り返った。これはもう見聞色の覇気のお陰とかそんなんじゃなくて、私の勘としか言えない、全く根拠のない予想。


「船長、一人でどっか行く気ですよね。」

「…」

「しかも相当危険な所」


それを見越して私に覇気なんか教えたんでしょ?その言葉が喉まで出掛かって、そして飲み込んだ。私は決して船長を責めたい訳じゃなかったから。


「待ってますから。絶対、生きて帰ってきてくださいね」


金貨を握り締める掌に、爪が食い込んで少し痛い。私が伝えたかったのは、船長を信じているということだけ。泣いて船長を困らせたい訳じゃない。訳じゃないのに、鼻の奥がツンとして、ああ、困ったな。


「、せんちょ、」

「カッコつけたいなら最後までつけろアホ。」

「ずびばぜん、」


きっとシャチやペンギンさんやベポならキャプテンまたかよなんて呆れながら笑って見送ってあげるんだと思うけど、私はまだまだ新米クルーで船長との別れに慣れてなんかなくて


「、ふく、はなみず、」

「後で脱ぐから洗濯しとけ」

「あい…」


腕を引かれ船長の硬くて厚い胸板にぶつかった額が少し痛い。帽子越しに感じる、後頭部を覆うように置かれた大きな掌が優しくて、うちのシンボルマークのジョリーロジャーが涙で滲む。ネックレスを掌に収めたままオレンジ色のシャツほ胸元をぎゅっと握ると、チャリンと涼やかな音が鳴った。


「…帰って来るまでにベポから一本取れるようになっとけよ。」

「……はいっ」



あやされる
(こんなに胸が痛いのはなぜなのか)


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まだまだ発展しない…

20170301 みつこ




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