元来、私は運が良い方ではない。
決して自分の人生が不幸だと嘆くつもりはないが、実際問題父のせいでお金には多大なる苦労はしてきたし母が居ない分同年代の子たちのように自由におしゃれや恋を楽しむ余裕もない20年間だったのは確かな事実で。だけどそれすらもまだ幸せだったんだろうなと思えてしまうくらいに今は結構やばい状況なのだ。


「…探さないで下さいって、漫画かよ」


父の貧弱な筆跡で殴り書きされた紙切れをくしゃくしゃに丸めながら、今日あった出来事を反芻する。まさか自分が今日限りで住所不定になるだなんて誰もが思わないだろう。でもそれは実際に起こってしまった。天国のお母さんはさぞや私を心配していることだろう。出来ることならあのダメ親父に天罰をお与え下さい。


家財道具は全て差し押さえられてしまった為、持ってこれたのは大きなボストンバックひとつのみ。中身も衣類と数少ない家族写真だけだ。
神も仏も無いとはこのことを言うのかと、住み慣れた街をぼんやり見下ろしながらため息を吐いた。


高台の崖に腰掛けて見下ろす街は夕日に染まってとても綺麗だった。まだ自分には綺麗だと思える心の余裕があるのかと、他人事のように思う。だが同時にいっそのことここから飛び降りたら楽になれるのだろうかという考えも横切る。いやいやいや嘘嘘。そんな勇気ないし。ちょっと悲劇のヒロイン気取りたいお年頃ってやつだよ。似合わないのはわかってる。


「…あほらし。」


自分に失笑しつつとりあえず今日の泊まる場所を確保せねばと、よっこらせという掛け声と共にお尻の砂を払って立ち上がる。と、その時予期せぬ事態発生。


まずい、立ち眩みだ。


くらりと回る視界。手に持ったそこそこ重いボストンバッグが重しとなって引き摺られる形で座っていた崖から足を踏み外す。そういえば今日なんにも食べてない。だからか!だから立ち眩んだのか!!まずいまずいまずい!!!
こんな形で人生は終わっていくのだろうか?


くるり反転した視界には空しかなくて。

なるべく長生きはしたくないなあなんて漠然と思っていたけど、それは健康に何十年か生きた前提での話であって。こんな早くに人生を終えるつもりなんて毛頭なかった。後悔の渦に巻き込まれながら落下する感覚に目を閉じた。


のだが、


ドッボオオオオオオオン


待っていた衝撃は硬い岩ではなくて。全身を鞭で打たれるような衝撃と鼻に抜ける痛み。懐かしいこのプールの感覚。てか痛!!久々だと尚痛い!!


てか一体なにが起こったんだよ。私が落ちたあの場所には池も無ければ川もないし、ましてや海なんてもってのほかの場所だった。だって山だもの。
なのになんで私はいきなり水中にいるのか。うっすら開けた視界には頭上にゆらゆら揺れる陽の光と群青が一面に広がっていた。


つーかそんなのんきなこと考えてる場合じゃないな!?息が!!!


「ぶっはあ!!へ?え?」


なんとかかんとかボストンバックを引っつかみ水面まで上がる。肩で息をしながら回りを見回すとそこはやはりというかなんというか海だった。だってしょっぱい。なんとか立ち泳ぎをしつつ、辺りを見回すと何かに引っ張られる感覚を覚えた。む、なんだこれは。Tシャツの首元に違和感。なにか引っかかってる?外そうと試みたところものすごい勢いで引っ張られた。ちょおおおおお!!!破けるうううううう!!!


「おいペンギン!!キャプテン呼んで来い!!人魚釣り上げた俺!!」

「あれ人魚か!?まじかよ!!」


背後に迫る大型の船。まじかよなにこれどういうこと!?混乱の極みに居る私はとにかく必死にもがく。だが時既に遅し。あっという間に大きな網に包まれ引き上げられることになった。…魚用の網に掛かるなんてもう一生ない気がする。



釣られる
(…これ人魚か?)

×
- ナノ -