「カームベルト、ってなんだっけ」

「簡単に言っちまえば海王類の巣だな。しかも大型の」

「踏み込んだら最後海の藻屑だよ」

「なにそれ怖すぎじゃん」

「九蛇の船ならば襲われる心配はない。この潜水艦ごと渡ることも可能じゃ」

「よ、よかったあ…」


同じ黒髪でもこうも質が違うのかと思うほどのたおやかで艶やかな漆黒のロングヘア、誰もが見とれる美しい肢体。電伝虫をベポに投げつけて尚美しいその人の正体はついこの間船長から叩き込まれた情報の中でも登場した【七武海・海賊女帝ボア・ハンコック】その人だった。ていうかあんな美女だって聞いてないよ船長!びっくりしたよ!!なにあれ女神!?


そんな女神こと海賊女帝さんの提案により麦わらさんを女ヶ島で匿って療養させるということで話がまとまり、九蛇海賊団の船と合流することが決まったのが先刻。待ち合わせ場所をカームベルトの際と定め潜水艦を進めることになったわけだけど、でも女ヶ島って男子禁制なんじゃなかったっけ?まあでも麦わらさんとは面識あるみたいだし(そもそもホの字のようだし)島を治めてる彼女がいいって言うんだから、きっと問題ないんだろう。そうに違いない。


「おい女」

「ひゃいっ」


自問自答して勝手に納得している最中、凜とした声が呼んだのは、まさかの私のことだった。世界中の人々が美しいと称える超絶スターの彼女が、私のような庶民以下の人間を認識しているなんて微塵も思ってなかったわけで、予想外すぎて変な声が出た。本当にびびる。



「わらわをルフィの所へ案内しろ」

「えっ、でも今集中治療室に、」

「少しでもそばに居たいのじゃ」



そのあまりの真剣さ(と美しさ)に一般庶民以下の私が駄目です!なんて言えるわけもなく。船長へどうしたらいいですかと言わんばかりの縋るような視線を送る。その視線に気付き眉間に皺を寄せ鋭い眼光で返してくる船長。めんどくせえから振るなとグレーの瞳が物語っている。怖いよ〜わかってるよ〜病人は絶対安静だってことでしょ!そんなんわかってるけどさ!こんな心配そうにしてるんじゃ断れないのが人情ってもんじゃん…




「……船長ぉ」

「……中には絶対入るなよ」

「わかっておる。姿が見れればそれでいい」


私が相当変な顔をしていたのか、それとも船長にも人を救う故の人情があったのか。溜息を吐いてやれやれと言った表情でなんとか許可がおりた。てか船長まじ冷静すぎじゃね?普通こんな絶世の美女にあんな儚げに懇願されたらそんな平静を保ってられなくない!?シャチ見てみ?感動のラブストーリー見てたばりに泣いてるよ!?船長ってやっぱあっち系なんじゃない!?(やっべすげえ睨まれてる!エスパーだ!)


「そそそれじゃあ部屋まで案内しますね!!こちらです!!」


船長の視線から逃げるように海賊女帝さんに声をかけ地下へと続く扉を開けた。
ランタンを片手に薄暗い階段を先導する。階段を下りきったあたりでふと後ろを振り返れば、歩いているだけなのに溢れ出る気品に眩暈を起こしそうだった。美しいは罪…。そしてうわ、でっかいヘビも着いてきてる。あの変な被り物をしたヘビさんはお付きの者なんだろうか。まあ喋るシロクマが仲間にいる以上お付きがヘビでも驚かないけど。


「暗くてすみません。足元大丈夫ですか」

「問題ない」


近付く処置室。ちらり盗み見た彼女のヘビを撫でる手が少しだけ震えていた。あんなに先程までは気丈に振舞っていたのに。本当に麦わらさんが心配でたまらないんだな。


「…きっと麦わらさんなら大丈夫ですよ。ああ見えてうちの船長は一流のお医者様ですし」


たぶんね。私は手術はされたことないけど…。とりあえずマイナスな言葉は飲み込んでおく。でもクルーたちの手当てなんか見ていても私があっちで見ていた医療ドラマ顔負けの手捌きだったし、きっと大丈夫に違いない。不安そうなその顔が少しでも晴れればと掛けた言葉に彼女はじっとこちらを見てくるのみだ。うう!美しすぎて力抜けそう…!


「…そなたは海賊らしくないな」

「よ、よく言われます」


薄暗い地下に煌々と光る集中治療室のランプ。椅子取ってきますねと伝え別室へ急ぐ。手ごろなところにあった椅子を麦わらさんが見える位置に置いてどうぞと促せば、フンと鼻を鳴らしそこに腰掛けた。こんだけ美しいとお礼言わなくてもイライラしない…美しいは武器…。沢山の管に繋がれ見るからに痛々しい姿で眠る麦わらさんの傍らには船長の愛刀の鬼哭が刺さっている。あれで手術したんだろうか…。


「じゃあ、私は戻りま」

「そなた恋をしたことがあるか?」


二人っきりのがいいだろうと珍しく気を利かせた間際、被せるようにして投げ掛けられた美女からのまさかの質問。…聞き間違いではなければ恋とか聞こえたような気がするけど。てかなんで私にそれ聞いた?全くもって参考になる答えなど持ち合わせてないよ!?


「は…?恋、?」

「そうじゃ」

「…えーと、私ちょっと前まで非常に貧しい暮らしだったものでそういう色恋沙汰に縁遠い生活を送っておりまして…初恋すらちょっと記憶に…」

「チッ」

「え、舌打ち!?」


人選ミスじゃ、と呟いたその言葉ちゃんと聞こえてますよ!そのとおりだよ!!本当のことだからなんも言えないよ!ふうと一つ溜息を吐いてその美しい瞳を伏せぽつりぽつりと話しを始めた。


「わらわはルフィに会って初めて恋というものを知った。それがどんなに幸福で満ち足りたものかも。だが同じくらい辛く苦しいものだということも知った。愛しい者が苦しんでいるというのに、わらわは何と無力なことか…。ルフィの悲しみを想って嘆くことしか出来ぬのが悔しい…」


麦わらさんと彼女を隔てるガラスに手を伸ばし触れるその様は、先程のどんな彼女より悲痛で美しかった。真珠のように零れた涙が床に結晶のような染みを残す。


「…ハンコック様は恋が嫌になってしまいましたか?」

「そうなれたらどんなに楽かとは思う…でも気持ちは勝手に止まってなどくれぬのじゃ」

「恋って難しいんですね。きっとそうやって悩んで、相手に幸せになってほしくて、でも自分も一緒に幸せになりたくて、たくさんの思いを形にしていくのが恋なんでしょうね」


初恋もまだなうえにここまで深く人を愛したことも、愛されたこともない私には彼女が求めるような答えはきっと導き出してなどあげられないだろう。それでも少しでも彼女の無力感を拭えたら。


「でも自分のことより麦わらさんの心を心配するハンコック様は、もうきっと恋しているのではなく、麦わらさんを愛してらっしゃるんですね」

「…どう違うのじゃ」

「私の故郷では【恋は下心、愛は真心】なんて言うことがあります。自分の気持ちを優先したいのが恋、相手の幸せを願うのが愛なんだと。私にはまだまだ解らない境地ですけど、ハンコック様が麦わらさんを想う心は正真正銘、真心です。そんな風に想ってもらえる麦わらさんは幸せ者だと私は思います。」


ツナギのポケットを探って出てきたハンカチを手渡すと少し赤くなった瞳を見開いてきょとんとしたあと、とても小さく彼女は笑った。


「そなた、やはり海賊には不向きじゃな。」

「はは…それもよく言われます…」

「…でもそんな海賊がいても悪くないと、わらわは思うぞ」


照れ隠しなのか言い終わるとフンとそっぽを向いてハンカチで顔を隠す彼女は、絶世の美女なのにまるで同年代の普通の女の子のようでおかしい。恋する女の子は可愛いってきっとこういうことを言うんだろう。


「ふふ、ありがとうございます」

「褒めてなどおらぬ」



恋バナする
(これが世に言うツンデレか。有りだな。)

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ハンコックと恋バナ。




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