新聞の間に隠すようにして挟んだ古ぼけた日記帳。シャボンディ諸島で手に入れたそれのタイトルに記されているのは『異界の国ジパング』という文字。筆者不詳のその手記はヒューマンショップへ行く前に偶然立ち寄った小さな古書店の片隅にあった。
なぜ膨大な量の古書の中でこれが真っ先に目に付いたのか自分にも解らない。ただ以前名前が住んでいたという場所のことを【ジャパン】だとか【日本】と言っていたのをふと思い出し、なんとなく似た綴りのタイトルのそれを興味本位で手に取った。店主にいくらか確認するとそんなもんタダでいいというので貰ってきたのだった。
【ジパングという国は異界の地のトウヨウと呼ばれる海に浮かぶ島国である】
このような書き出しから始まるその手記。黄ばんでインクも滲みかけているそれは、少なくとも数十年は前に書かれた物のように見える。
【その国の者は黒髪で同色の瞳の色をしており身の丈は小柄である。目鼻立ちははっきりとせず柔和な印象を受ける。勤勉で研究熱心な性質でありこちらよりも文化水準は高いようだ。】
【またこの国は条約により一切の戦争・侵略等を放棄しており国民も銃や刀等の所持を禁止されている為、形式上平和主義国家となっている。】
それにはジパングという国がどんな国なのかが詳細に書かれていた。所々掠れて読めない部分もあるものの大方の内容を把握するのに支障はなかった。読み進めていく内に点と点が繋がっていく。彼女の零したひとつひとつのパーツが瞬く間に一つになっていくようだった。
【グランドラインのどこかに十数年に一度、不規則な歪みが生まれる。それがジパングとこの世界をを繋ぐ道になることがあり、ジパングの発展した文化により生み出された物品が流れ着くことが稀にあった。】
【まさか人までも流れてくるとは。それも女だ。】
【あいつらはあっちに無事着いたのだろうか。元気にやっているのだろうか。】
後半は虫食いと滲みが進み、ほとんど解らなかった。解ったのは名前が来るより以前にもジパングから女が流れ着いていたこと。そしてこの手記を書いた者と近しいこちらの世界の誰かがジパングへ渡っただろうということだけだった。
日記帳を閉じて目の端に入る彼女の入れたコーヒーを見やる。すっかり冷め切ったそれは湯気などとうに消えていた。船の揺れに合わせて震えるコーヒーの漆黒に、先ほどの彼女の黒い瞳を思い出した。
僅かながらの手がかかりは見つけた。名前は元の世界に帰れるかもしれないのだ。それなのに、
躊躇する
(この手記の存在を言いたくない自分に反吐が出る)