ここはどこだろう。気がつくと私はベッドに横になっていた。その部屋は消毒液特有の人工的な匂いで満ちていて、一瞬だけ元の世界の保健室にいるのかと錯覚した。いやいやいや。そもそも学校なんてとっくに卒業してるしね。


「…ここは一体」

「診察室だ」

「船長!?」


耳心地の良い低音が聞こえてぎょっとする。いやまさか船長が居ると思わなかったのだ。
船長はベット横の椅子にドカリと座ると、慣れた手つきで頚動脈、左手首の順にその長い指を当てる。


「…36.3℃。血圧は低いがまあ正常だ」


船長がそう呟いたところでこの人が医者だったことを思い出した。あ、だからわざわざ直々に診察してくれてるのか、なんか畏れ多いわ。てかあの一瞬で状態解るのすごくね?名医すぎじゃね。それにしても私さっきまで何してたんだっけ?思い出すように目を閉じて眉間に皺を寄せていると、船長は呆れたようにため息を吐いて敵船との戦闘見て卒倒したんだろうが、と教えてくれた。船長ってほんとエスパーなんじゃないの。


「思い出しマシタ」


そう私は倒れたのでした。あの時、外はかなりの霧が立ち込めていて、それに乗じた敵船がこの船を襲撃してきたのだ。だが敵が乗り込んでくるかこないかの間に、敵船を含む一帯に半透明な謎の膜?が出現したんだ確か。その後すぐ船長が悪どい笑みを浮かべあの馬鹿でかい刀を鞘から抜いた一瞬、男たちがバラバラになってしまったのだった。私はもうとにかくびっくりして、しかもその切られた人たちが普通に喋ってて、もうわけがわからない内に意識が白んだ。そして気づいたらここ。びっくりした原因は、たぶん、いや絶対船長のせいなのだ。


「あの、あれなんだったんですか、手とか足とか取れてたじゃないですか…船長がやったんですよね…?」

「ああ。オペオペの実の能力だ」

「おぺおぺのみ?」

「…わからねえのか」

「全くもって検討もつかないですな」


船長の丹精なお顔に"めんどくせえ"という文字が浮かび上がって見える。こわっ眼光鋭すぎだよ!しょうがないじゃん私のいた世界にそんなもんなかったし!なんだよ!そもそも船長がオノマトペ言ってるのとかなんなの!かなり面白いわ!


「悪魔の実、とは」

「食べると特殊な能力が身に付く実だ。」


この世界には【悪魔の実】と呼ばれる超人的な能力を秘めた不思議な果実があるらしい。それを食べた者はその実の持つ能力を使えるようになるとか。多種多様な種類があるとはいえ、どこでどうやって果実が生まれ収穫されるのかは解明されておらず、そうそう手に入るものではないらしい。能力問わず、最低でも1億はくだらない代物だそうだ。また同時期に同じ実が出現することは絶対なく、一つとして同じ能力のものはないとのこと。実によっては炎や氷を操ることが出来るものもあるらしい。なにそれ超無敵じゃん。すごい中学生が憧れるやつじゃん。


「なんすかそれチートじゃないですか」

「ただしデメリットもある。しかもクソ不味い。」

「あ、不味いんだ…デメリットとは?」

「泳げなくなる」

「ということは船長カナヅチなんすか」

「そうなるな」

「なにそれうける」

「お前も切り刻んでやろうか」

「嘘ですよ泳げないとか逆張りでかっこいいっす惚れる、いたたたたた!!調子乗りましたすみません!!!」


あまりの痛さにベッドから飛び起きる。先ほどまで意識のなかった人間にアイアンクローを決める船長は紛うことなき悪魔の実の申し子だ、最早悪魔。そんなこと言おうもんなら追い打ちでもう一発お見舞いされるからもちろん口には出さない。そこまで私も浅はかではない。


「じゃあその悪魔の実の能力で船長はあんなことが出来たわけですか」

「そういうことだ」


これ以上はめんどくせえからベポたちに聞けと席を立つ船長。あの短気な船長がこれだけ親切に答えてくれるなんてすごいことだ。まさかこんな詳しく教えてくれるとは思わなかった。しかも弱点まで。なんだか仲間なのを認められているようでちょっとだけ嬉しい。アイアンクローは解せないけど。


「あ、船長!」

「いい加減にしろ」

「違います違います!もし万が一ですけど船長が海に落ちちゃったら、私が助けてあげますね」

「は?」

「私かなり泳ぎ得意なんで」


何言ってんだこいつと言わんばかりな顔をする船長。失敬だな!これでも食生活に困った時は自転車で海や川まで遠出して素潜りで魚を取っていたという経歴があるんだぞ私には。(犯罪臭いことは承知の上だが生きるためだったので見逃してほしい)まあ身長差に一抹の不安はあるけど。


「…お前に助けられることなんかあったら一生の恥だな」

「酷くないすか!せっかくの私の想いを踏み躙るなんて!」

「そんだけ元気なら仕事に戻れ。さっきの奴らからぶん獲った金の勘定でもして来い」


枕元に置いてあった私愛用の帽子が船長の大きな手によって乱暴に被される。ちょ!毛糸伸びちゃう!!振り返らずスタスタと先を歩く船長がどんな表情をしていたかなんて私には知る由もなかった。



卒倒する
(あれ?キャプテン機嫌いいね?)
(……かなり儲かったからな)

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