「嬢ちゃん一人で観光かい?」


パイプをふかしながら話しかけてくる怪しげなグラサンの中年男性は、あの謎のシャボン玉で出来た自転車のようなものを売ることを生業としているようで。長年の接客業で培ってきただろうその観察眼には、周りを右往左往して挙動不審な行動をしている私は紛うことなきおのぼりさんだったのだろう。すかさず営業を開始してきた。


「はあ。まあそんなとこです。」


船長の指示通りハートの海賊団の潜水艦からこっそりこの島上陸したのはつい先ほど。あまりに木々の印象が強かったため、どんな大自然が待ち受けているのかと戦々恐々としていたが、上がってしまえばなんてことない普通の島だった。多少、あのシャボン玉のようなものを作り出している液体(樹液になるのかなあれ)で木の根を越えるまでの道がヌルヌルと歩きづらかったくらいだ。街に出てしまえばむしろ観光客は多い方。商業も盛んそうな雰囲気。


件の店主と中身のない会話を数言交わしているうち、この乗り物はボンチャリと呼ばれるこの島独特の移動手段だと知った。あの樹から出てくるシャボン玉を利用して走行するらしい。安くしとくよーなんて言ってるが見た目もさる事ながらなんか言葉の端々に胡散臭さを感じるんだよなこのおっさん。


「あーー!!!なんだあれ!!」


後ろから聞こえたのは元気な青年の声。振り向くと結構な団体がこの店目掛けて向かってきている。麦わら帽子を被ったその青年は先頭を走っていた。テンションたっけーな。
買うぞ!!と声高らかに宣言するその青年をその後ろから現れたタコっぽい顔の男が咎める。なんでもこのシャボン玉は島の外に出たら消えてしまうらしくレンタルで十分とのこと。おいおっさんさっきの営業中レンタルの話しなんか一度も出してねえじゃん。やっぱ見た目通り悪徳業者じゃん。おのぼりさんだと思って舐めやがって。渋る青年を叱責する、これまたえらくグラマラスなオレンジ髪の美人と黒髪の美人。(この前の酒場の女性の比じゃないくらいゲキマブ)なんなんだこの集団は。え?なんか骨みたいなコスプレしてる人もいる。結局は一際大きなボンチャリをレンタルし全員が乗り込むと颯爽とその場を去っていった。いやあ、なんか濃い集団だったな。


「…嬢ちゃんはどうする?」


なんとも気まずそうにこちらを伺うおっさんに、レンタルで1台とにっこりと笑顔を向けて返すと少し割安で荷台付きの乗りやすそうなものを貸してくれた。あの謎の集団のおかげだ感謝しよう。あっちの世界で乗っていたものと勝手もさほど変わらないしポヨポヨとした乗り心地が面白い上にスピードも申し分ない。支障がないことを確認し再度散策を開始した。目指すはショッピングモールだ。辿り着けるかわからんけど。


「えーと地図地図…あ、メモがついてる」


【ショッピングモールは30番GR。それ以外は行くな。】


この世界で使われる英語のような英語じゃないような文字で書かれたメモ。庶務を任されるようになってやっと半分くらい読めるようになった私への配慮なのか、酷く的確な内容で有り難いやら悲しいやら…。とりあえずは30番らへんを目指そうとペダルを漕ぎ出した。

・・・・・・・・


「買い物って、疲れるんだなあ」


ショッピングモールに無事到着して買い物をすること小一時間。荷台にシャボン玉で出来たショッピングバッグに入れてもらった品物たちを風船のように括り付け、ふわふわ浮かぶ荷物を見ながら大きく息を吐いた。このシャボン玉めっちゃ便利だな。

そもそもウィンドウショッピングというもの自体生まれてからまだ二度目なのでお店を見ているだけで疲れ具合がはんぱない。この前は船長がほとんど決めてくれたし連れまわされて荷物持ってただけだからそんなに感じなかったけど、買い物ってこんなに疲れるものなのか。世の女子たちすごすぎじゃん。あと船長やべえ。


買い物袋を確認し、当初予定していた日用品はあらかた買えたのでひとまず休憩を入れることにした。船長から渡されたお財布の中身はまだまだ余裕があったので(これもきっと差引かれてるんだろうけど…)ちょっとだけ、いやかなり贅沢に巷で人気のフラペチー○的なものを買ってベンチに腰掛けた。あの頃どんなに羨ましくても手が出なかった代物。ふおおお、これがかの有名なフラペ○ーノか…甘くておいしい…世の女子たちはこんな美味しいものを当たり前のように飲んでいたのか。感傷に浸りつつ微妙に見え隠れする観覧車を見上げる。そういえばあっちには遊園地があるって地図に書いてあった気がする。見に行く体力は残ってないけど。


どのくらいそうしていただろう。そのままぼんやりと観覧車を眺めながらストローを咥えているとなんだか周りが騒がしくなってきたことに気付く。ざわざわとした雰囲気は次第に大きくうねり、家族連れから早く!とか逃げるぞ!なんて物騒な声まで聞こえ出してきた。え、なになんの騒ぎなのこれ。状況が把握できないまま立ち尽くしているとけたたましく鳴り響く着信音?声?あ、これ私の鞄からだ!


『ジリリリリリリ!!!!!』

「うおっ、えと、はいっ名前ですっ」

『もしもし、ペンギンだ。緊急事態発生だ。今すぐ船に戻ってくれ』

「あ、ペンギンさんですか、ええ?緊急事態って、」

『悪いな説明してる時間がないんだ。とにかく一刻も早く船に戻れ』

『おい名前!船長からの指示だ!とにかく船に急げ!』

「今度はシャチ!?わ、わかった!!」


停めていたボンチャリに急いで跨って元来た道を走り出す。町民たちは早々に避難したのか案外道が空いていて助かる。慌てて逃げているのは同業者らしきガラの悪そうな男たちのみだ。慌てて逃げるそいつらからはまばらに【海軍】とか【大将】とかいう言葉が聞こえてくるけど一体なにが起きたんだってばよ…!!



散策する
(おっさんボンチャリありがとーございましたあああ!!!)


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