海に浮かぶように存在するものすごい大きさの木、木、木。そして謎のシャボン玉。一旦浮上した潜水艦の窓から遠目に見えたのは、語彙のない私が説明するとそんな島だった。


「なんかすごいですね、あの島。あそこに停泊するんですか?」

「ああ。あそこに行かなきゃならない用事があるんだよ」

「用事?」


いつも以上に慌しい船内。停泊する場所も、今回はなぜか入念に下調べをしているらしい。(だからこんな遠い所で立ち往生しているようだ)

薄く笑うペンギンさんも今日はなんだかいつもより研ぎ澄まされた雰囲気を纏っていて。なにやらただ事ではない様子に、私はただ困惑するしかない。そんなにあの島は危険なのだろうか。こういう場合、私のような雑用はなにもしないのが吉と相場は決まっている。用事ってのがなんなのか非常に気になるが、うん。黙っとこ。


「準備は」

「整いました!!」

「よし。上陸を開始する。お前たちは指示通り事を進めろ。」

「アイアイキャプテン!!」

「名前」

「え、はい。」


自室から出てきた船長は普段どおり冷静に指示を出す。いつも以上に気合が入った掛け声の後、各々仕事に散らばっていく船員たちを見送っていると船長に突然呼ばれ目線でこっちへ来いと指示が飛んでくる。


「お前には別で説明することがある。その前にそのツナギを着替えてこい。」

「は?…なんか匂いました?たまねぎかな。サーセン」

「ボケてる暇はねえんだよ早くしろ」

「ごえんにゃひゃい」

「5分で仕度してこい」

「あい」


いつも通りお構いなしに捻りあげられた頬を擦りながら自室に急ぐ。くそう、理不尽だ。ツナギ以外だぞと念を押された為、以前船長に見繕ってもらった新品の洋服たちを箪笥から引っ張り出す。いまだ袖を通す機会もなかったそれらはタグすらそのままの状態だった。ていうかなんで私服指定なのか…。憂鬱な気持ちを抱えたまま、ぴらり、一枚手にとって広げてみると背中に嫌な汗が流れるのがわかった。いや、決して船長のセンスが変とかじゃなくて。非常に可愛いですよ、はい。さすがモテ男のチョイスだと思います、はい。もうむしろ可愛いすぎて私が着るのは服に申し訳ないというか釣り合わないというか。妙齢とは言え最近ツナギしか着ていなかった私にはすごく、ものすごく、ハードルが高いのだ。


「…ええい、なるようになれ!!」


盛大な独り言と共に半ばヤケクソで袖を通す。船長の提示した時間も差し迫っている。急がねばバラされる。やばい。


化粧道具などという小洒落たものは持ち合わせていないので、作業効率向上のためだけに常日頃から結んでいた髪だけは解いて背に流しとりあえず取り繕ってみた。…冴えないなあ。鏡に映る服に着られている自分を恨めしく一睨みしてとにかく船長の元へと急いだ。


「遅え」

「はあ、は、いや!5分も経ってないじゃないすか…!」

「お。なかなか似合ってるぞ」

「馬子にも衣装だな」


着慣れない女子力MAXのワンピースでダッシュしてきた人間を上から下から嘗め回すように品定めした上特に無反応な船長は相当な鬼畜だ。とんだ辱めだよ!人でなしめ!それに比べてペンギンさんのお世辞とは言えこのジェントルさ…見習いなさいよ。シャチはデリカシーなさすぎ。論外。


「まあいい。そのままお前はこの鞄を持ってこの船から脱出しろ。好きに買い物でもなんでもして来い」

「は!?脱出って、え?船長たちは…」


ポイと渡された手ごろな大きさのショルダーバッグ。ベポが書いた島の地図とお金と子電伝虫が入っているそれを受け取ったものの、状況把握が未だ出来ていないためしどろもどろしてしまう。見かねたペンギンさんが申し訳なさそうに口を開いた。


「悪いな名前。俺たちは用事でお前に同行できないんだ。終わり次第その子電伝虫に連絡を入れるから、それから合流しよう。」

「はあ…事情はわかりましたけど、なんで私服なんです?」

「そりゃお前がツナギ着てたらウチの人間だってバレちまうだろ。因縁つけられたらどうすんだ?戦えねえだろ?」

「ぐ…なるほど…」


俺たちが一緒のときはいいけどさ、とシャチに咎められて言い返す言葉もなかった。心配してくれての、敢えての私服だった訳だ。かたじけない。


「いいか、騒ぎには絶対近づくな。あと天竜人にもな。」

「てんりゅーびと?」

「小難しいことを省くと、ものすごい偉い一族だ。」

「いやザックリすぎて全ッ然わかんねっす」


あの冷静沈着なペンギンさんからとんだお惚け発言が飛び出したためついついつっこんでしまった。船長曰く、この世界の仕組みを作った一族の末裔だとかなんとか。それは相当な偉い一族に違いない。


「奴らのやることは全て許される。そういう場所なんだこの島は。」

「全て、とは?」


私の興味本位の質問に押し黙る船長と二人。4人の間になんとも言えない緊迫感が走る。え、なんか私まずいこと聞いちゃった?全員の顔を見回すが、みんなが一様に口を噤んでいる。


「…奴らには近づくな。何が起きてもそれだけは絶対に守れ。」


やっと船長が口を開くと、短く濁される。わかったら行ってこい。そう踵を返されてしまえばもうなにも聞けないではないか。気をつけるんだぞと口々に言うシャチとペンギンさんに只ならぬものを感じて素直に頷いた。



脱出する
(天竜人…絶対近寄らないでおこう。うん。)

×
- ナノ -