「うおおおおおお!!!」

「”ROOM”」

「かかれええええ!!」

「”シャンブルズ”」

「うわああああ!!俺の足どこだあああ!!?」

「これ誰の胴体だよ!?!」


はいこんにちは。甲板はいつも通りすごいことになってるようです。いろんな人の腕や足や胴体が入り乱れております。たぶん。今や見慣れた光景となりつつあります。


そんなのんきな実況中継をしている私はといえば、未だ戦闘能力はゼロの為いつものご如く駆け込み寺である備品倉庫に立てこもっている。最初こそ敵襲が恐ろしくてたまらなかったものだが、ここの安全さも船長たちの化け物じみた強さも解った今は、こんな実況紛いなことができるまでになっていた。いやまあ全部独り言なんだけどね。


それに、切り離された胴体は確かに不気味だが(最初は卒倒した)血も出ていないし痛がってる訳でもないし、彼らの意識もしっかりあるようなのでそんなに怖くもなくなってきた。まあ要するに慣れって怖いよね。うんうんと一人で頷きながらすることもないので備品倉庫の中の点検を行う。…トマトがそろそろ危ないな。コックさんたちに頼んでまとめてトマトスープにしてもらおう。メモに大体の状態を書きながら倉庫内をうろうろしていると、ガチャガチャと鍵を開ける音の後扉が開いた。



「おーい無事か…ってお前…」

「あ、シャチ。終わったの?」

「…人間の慣れってのは恐ろしいな」

「うん。それ私も噛み締めてた。」


シャチの話では今回の敵は遭難寸前の海賊だったらしく目当てはこの船の食糧だったそうだ。(ちょっとそれ危なくね?私危機一髪じゃね?)それで真っ先に倉庫にいる私の確認に来てくれたらしい。生半可な海賊では渡り歩けないのが、このグランドラインの常だそうだ。


「でも俺たちはまたさらに【新世界】に行くんだぜ」

「新世界?」

「ああ。こっからは更に高みを目指す奴等しか渡り合えねえ世界だってキャプテンが言ってた」

「…要するに船長みたいな人がいっぱいってこと?」

「…考えただけで恐ろしいな…」

「まったくだ…」


やべ、鳥肌たった。そんな会話をしながら甲板に戻ると案の定というか、甲板は血やら煤やらでひどい状態だった。正に戦場の跡。…この光景だけは、やっぱ慣れないんだよなあ…。


敵襲後の後片付けは私や見習いの仕事だ。遺体処理等はたぶん私が来る前に他のクルーたちが済ませてくれているんだと思う。それがまた少し心苦しい。私がするのはいつもこの後処理のみだ。各々ロッカーからデッキブラシを持ってきて掃除を始める中、私にはその前にいつの間にか習慣になってしまった"あること"がある。


「…またいつものあれか」

「ん。」


ため息を吐いて、あんま無理すんなよとその場を去ってくシャチに手だけ振って目を閉じる。甲板で黙祷。これがいつの間にか掃除をする前の私の習慣になっていた。最初は気休め程度に始めたことだった。なんの代償もなく助かっているという現実から、罪悪感から逃れるために始めたこと。戦いから常に逃げている私には今日ここで人が死んだかどうかはわからないが、ここに残る真新しい血痕は、誰かが血を流した証拠であり自分がどれほどの人の血の上で生きているのか思い知る場所でもあった。


「新世界はこれ以上の惨状になるぞ」


私が黙祷をしている側には必ずといっていいほど毎回船長が居た。物珍しさか、はたまたこの行為を咎める為か。今日も例外ではないらしく甲板で愛刀の手入れをしている。でも、話し掛けられたのは今回が初めてのことだった。内容も内容だったため、そうなんですか、という当たり障りない返事しか出来なかったけど。


「お前に耐えられるのか?」


デッキブラシの手を止めて顔を上げれば、船長がそばにまでやってきて静かに問いかけてきた。【人を殺す覚悟があるか】と問われた時と同じ瞳で。でも、今回は試すような色は見られない。本心からの問いかけだろうか。読めない。ブラシの柄を握る手が汗ばむのがわかった。


「…正直、わかんないです。今この状況にも、私は慣れる事が出来てない」

「…」

「それでも私は自分から降りたいなんて、そんな嘘はつけません。私は、ここに居たいです。」


自分がどれだけ足手まといかなんてこの船に乗って散々思い知った。


「邪魔だと言うなら追い出してください」


痛いのは嫌だ、殺しも嫌だ、でもここに居たいなんて、どんだけ虫の良い話だ。元の世界に帰るまでの束の間の居場所だと解っていてもそれでもこの船を降りないのは、降りたくないと思うのは私のわがままだ。そんな私のわがままな主張にも船長の表情はいつもと変わらずポーカーフェイス。でも灰色の瞳だけはいつも以上の真剣さを湛えている。前以上の覚悟を決めるべきなんだと悟って、船長を見据えるとふと視線が和らいで船長が口を開いた。


「お前は自分を過小評価しすぎる」

「え…」

「俺が使えない人間を置いておくほど優しい奴だと思うのか?」

「…思いません」

「俺は邪魔だと一度でも言ったか」

「、言われてません」

「わかったらさっさと掃除終わらせとけ」

「…うす」


遠まわしだが垣間見えた小さな優しさ。船長は解りやすく優しくはないけれど、本人が言うほど非道ではないと思う。ほんの少しだけど不器用な優しさが滲んで見えるときがあるから。甲板から立ち去る船長に軽くお辞儀をして見送っていると去っていく靴音が一瞬止まる。なにかあったかと頭を上げると少し複雑そうな表情でこちらに近づいてくる船長。なんだなんだ。


「それと」

「はい?」

「お前の覚悟は、よく解った。」

「、はい。」

「…どこまでも着いて来い」

「……!はい!」



決意する
(…俺の方が手放すのが惜しいなんて、気に食わねえ)

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