Starry☆Sky
柑子と月子





中庭をひらり、ふわりと舞うスカート。

この学園であんな穏やかな雰囲気を纏っているのは、彼女しかいない。そもそも、『彼女』と形容できる人物自体一人しかいないのだけど。

春の暖かな日差しの中。こんな男しかいない、狼の群れの中に一人迷い込んだ子羊は、襲われそうになろうが騙されそうになろうがその笑みを崩さず毎日を生きている。ガーディアンが二匹居ても多勢に無勢だというのにお構いなしだ。

中庭の花たちが、まるで彼女を引き立てるかのように隅で縮こまっている。そう見えるのは、あまりに彼女が堂々としていたからだろうか。それとも、俺の脳内が狂って引き起こした錯覚だろうか。

滑らかにすべる長い髪が、細く薄い肩を滑り落ち、抱き締めたら折れそうな腰で揺れ、すらりと伸びた手足が踊る。

「柑子くん」

唯一のソプラノが、耳を擽る。
ちょっとドジで鈍いけど、可愛くて優しくて、女の子として完璧な女の子。日の光を背に、まぶしい笑顔で挨拶する彼女は、確かにマドンナ…聖母だった。

「…おはよ、夜久」
「おはよう。早いね」
「お前も。出掛けんのか」
「うん。錫也と哉太とピクニックに行くの」

柑子くんも来る?と彼女が言う。本当に無自覚とは恐ろしいものだ。それとも、もしかしてわざとやっているのではないかと疑ってしまいたくなるくらい、彼女は自然に誘う。
もしこの誘いを受ければ、あの二人はどんな顔をするだろうか。
一人はあからさまにいやな顔をするだろう。もう一人は笑顔で受け入れてくれるだろうが、その笑顔の裏側に何が潜んでいるか分からない。どちらがより恐ろしいかといえば、間違いなく後者だろう。

「いや、俺も用事あるしな。楽しんで来い」
「うん、有難う」

ほら。その笑顔。
彼女は誰にでも分け隔てなく優しく接し、愛情を出し惜しみしない。それ故に勘違いし、彼女に付きまとう男は後を立たない。実際同じクラスの奴でさえ、彼女がそういう人間だと知っているにもかかわらず勘違いをしている奴だっているのだ。下級生や上級生ならなおのこと。

「あ、来た。それじゃあね、柑子くん」
「ああ。…夜久」
「え?」

手を振ってガーディアンこと幼馴染の下へ走り出す。こうしてまた彼女は庇護の中へと戻ってゆくのだ。堅牢であり、そして同時にとても脆いその庇護を、壊してやりたいなどとは思わない。むしろ、ずっとその中に居ればいいとさえ思う。『誰かのもの』となった彼女など、途端にその存在価値がなくなるだろう。
だけど。少しくらい。
名を呼ばれた彼女は足を止め、不思議そうにこちらを振り返った。


ひらり、ふわりと舞うスカート。


「…可愛いな、そのワンピース」
「え、え?!あ、あの、ありがとう…」

照れて戸惑いながらも、嬉しそうに笑う。
新しく買った服だろうか。初めて見るそのワンピースを一番に褒める事くらい、許されるのなら。

「…今度は、柑子くんと、お出掛けしたいな」

ああ、また一人、彼女の餌食になってしまうのだろう。




110329

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