ジョーカーの国のアリス ユリウス×アリス |
窓の外をちらつく雪を見つめる。 ひとつ、ふたつ、みっつよっついつつむっつ… 「…暇なのか」 「ええ暇ね」 窓際に置かれたソファーに膝立ちになり、外を眺めて目の前を過ぎる雪を指折りかえていたアリスは、部屋の主の言葉に静かに答えた。 クローバーの塔にある、時計の部屋。 常に機械を弄る音がするその部屋は、アリスにとって一番居心地のいい部屋だった。 部屋中に機械油と珈琲の匂いが染み付いている。アリスは大きく深呼吸をした。鼻を抜けるこの匂いは、ユリウスのものだ。 「暇なら出掛けてくればいい」 「…それ、分かってて言ってるならぶん殴るわよ」 恨めしげにこちらを見ようともしない男を睨みつける。いけしゃあしゃあと言ってのけたユリウスは、彼女の視線に気付いていながらも作業を止めない。 もくもくと作業を行う姿は初めて会った頃と変わらないが、雰囲気はずいぶんと変わった。刺々しさがなくなり、いくらか穏やかになったように思う。それは本当に彼が変わったのか、それともアリスが彼の纏う雰囲気に慣れてしまったのかは定かではなかったが、感じる感覚が変わるほどに二人は長い時間を過ごしていた。 二人で出掛けましょう。 そう言ってから既に三回は時間帯が変わっている。あと二回時間帯が変われば、アリスは仕事に戻らなければならない。あと少しだからと言われて待っているが、今回は時間帯が変わるのが早い。 「わざわざ寒いところへ行かなくても、此処にいればいいだろう」 「寒かろうが暑かろうが外に出ない引き篭りには関係ないでしょう?」 「ならばなおのこと、意味がない」 「いいじゃない。温泉、また行きましょうよ」 「……いやだ」 「ちょっと考えたわね。このむっつり」 売り言葉に買い言葉。延々と続きそうな嫌味の応酬は、ユリウスのため息によっていつも終了される。そしてまた、振り出しにもどる。 作業に集中してしまったユリウスを恨めしげに眺める。約束をしていたわけではない。休み時間になったから、いつものように彼の部屋を訪れて連れ出そうとしただけ。 しかし、彼が忙しいのも分かっていたので無理に引っ張り出そうとはしなかった。 ユリウスが扱っているものが何か、アリスはもう知っている。それだけに、邪魔もしたくはないが没頭もして欲しくなかった。 「…寒いわ」 「お前は普段から薄着だからな」 「貴方は着込みすぎよ」 シャツにベストにコート。 室内にいても彼の服装はいつもそれだ。冬になってからは思わないが、ハートの国にいたときはなんて暑苦しい格好だろうと思ったりもした。 「(いつも過ごしやすい気温だったけれど、服装によって体感温度は違うわよね。まさか、適温って一人一人バラバラだったのかしら)」 ボリスとユリウスを並べる。が、考えてみればボリス以外皆厚着だ。そもそも皆の格好がキテレツ過ぎていけない。エリオットに至っては麦まで生やす始末だ。 「…ダメだわ。考え出したらキリがなくなっちゃう」 「?」 アリスの呟きに不思議そうな顔をしているユリウスには目もくれず、アリスは部屋の戸を開けた。何か甘いものを持ってこよう。確かグレイに貰ったチョコレートがあったはずだ。冬の季節はチョコレートの種類が豊富で、可愛らしい包みに惹かれてついつい買ってしまうのだとグレイは言葉を濁しながら呟いていた。 キッチンの冷蔵庫にまだいくつか入れてある。どれにしようかと脳内で選びながら廊下に出て戸を閉めようとしたら、強い力で後ろに引っ張られた。 「きゃ…?!」 ビックリして振り返れば、そこには眼鏡をかけたまま眉間にシワを寄せたユリウスが立っていた。どうやらドアノブを掴んでいたアリスの腕を引き、部屋に引き込んだようだが、いつの間に背後にいたのだろう。 「な、急になんなのよ」 「扉を開けるな。寒い」 「すぐ閉めるわ」 「…開けた時点で風が入り込むだろう」 だから何だというのだろうか。扉を開けなければ部屋を出ることができない。部屋を出ないと、チョコレートを取りに行けない。せめてお腹を満たすものを取りに行くぐらいいいではないか。 「…なによ、もしかして部屋を出るなって言いたいの?」 「そうは言っていない。風を入れるなと言っている」 「言ってるじゃない。この、捻くれ者」 「お前に言われたくない」 「貴方には負けるわよ」 「………、そうだ」 「ほらやっぱり…て、はい?」 「開けるな。出て行くな。此処にいろ」 なおも嫌味を言い募ろうとしていたアリスは、ユリウスの言葉に耳を疑った。確かにずいぶん丸くなった。嫌々ながらも買い物に付き合ってくれるようになったし、遠出もしてくれる。大した進歩だと思う。だが、未だ言葉ばかりはなかなか素直になりきれなかった彼だけに、突然の言葉に驚くしか出来ない。 「(今までも何度かあったけど、また突然ね…)」 ぎゅう、と背中から抱き締められる。 ああ、これは暖かい。 「そうね、暫くこうしていてくれるなら考えてもいいわ」 今回は仕方がないから折れてあげよう。抱き締める腕に力を込めるユリウスに微笑みかけながら、アリスは自身も丸くなったなあ、とこっそりため息を吐いた。 101102 title |