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春眠暁を覚えず。
入学式を終えてそろそろ二週間が経っただろうか。
あまり覚えていないが毎日眠たい。
教室の一番後ろ、窓側が琉夏の席だ。
春の暖かな日差しが直接降り注ぎ、ただでさえ仲の良い瞼が強引に一つになろうとしている。先生の声はまるで子守唄の様で余計に眠気を助長する。
もういいや、寝ちゃえ。
そう思った途端に意識は完全にログアウトしていた。




チャイムの音と共に目が覚める。
クラス内の騒がしい様子から、次はお昼休みなのだと知る。
弁当なんて持ってきてない。
バイトも始めたばかりだからお金もほとんどない。ポケットにあるのは昨日花屋で先輩アルバイトに貰った飴が三つ。
これではまったく腹の足しにはなりそうにない。

「あー、ハラへった」

琥一に集りに行こうか。
駄目だ、きっと兄も同じ状況だろう。
どうしようかと思考をめぐらしていたら、机を4、5個固めてお弁当やパンを広げていた女の子グループから騒がしい声が聞こえた。

「ちょ、このパンありえんあっま!!」
「うーわーなにこれ、ハチミツ付け過ぎでしょ」
「絶対太るよ、最後まで食べてみてよ」
「無理だって甘すぎ!アンタ食べなよ」
「えーヤダいらなーい」
「…いらないの?」

甘い匂いにつられるようにふらふらと彼女たちに近寄る。
聞こえた言葉に思わず割って入ると、ぎょっとした彼女たちが一斉にこちらを向いた。

「さ、桜井くん」
「それ、いらないならちょーだい?」
「え、これ?い、いいけど」

怯えているのかおずおずとパンを差し出すのを戸惑いもなく受け取ると、琉夏は嬉しそうに笑った。

「サンキュー。あ、お礼にこれあげる」
「あ、ありがと…」

パンをくれた女の子の手の上に、先ほど取り出した飴を三つ置く。
じゃあね、と琉夏は受け取ったパンを手に教室を出ていった。
そんな琉夏を茫然と見つめていた彼女たちは、彼の姿が完全に見えなくなると顔を見合わせた。

「…なんか、桜井くんて笑うと可愛くない?」
「それ!私も思った」
「っていうかもしかして甘党?」
「噂を聞く限り怖い人だと思ってたけど、意外とそんなことないよね」
「うん。っていうか私席近いんだけど寝顔も超可愛いよ」
「何それずっる!!見たい!」

そういえばさーと話をどんどん膨らませてゆく少女たち。
それから昼休みいっぱい、彼女たちは琉夏の話題に華を咲かせていた。




その日から琉夏は、クラスの女の子から声をかけられることが増えて来た。
初めは昼休みに菓子パンや飲み物などをくれるので喜んで対応していたが、だんだん昼休み以外にも声をかけられることが増えるにつれて身動きが取りにくくなった。

「ねー琉夏くんの髪ってやっぱ染めてるんだよね?すっごく綺麗に色入ってるよね」
「ってかチョー肌白いーうらやましーい」
「ははは…まあね?」

まさか不良に絡まれるのが嫌で入学した先で、女の子に絡まれるとは思ってもいなかった。
きゃあきゃあと騒ぐ女の子の対応もちょっと面倒くさい。教室を出ても中庭や廊下で捕まるので、どこに行っても安らぐ場所がなかった。
琥一に用心棒してもらおうか。
ちらりと浮かんだ思考を打ち消す。効果は絶大だろうが、さすがにそれは情けなさすぎる。
ぞろぞろと廊下を歩いて渡り廊下に差し掛かる。
何気なく視線を下ろした先に、見慣れた小さな女の子がいた。
よし、少し驚かしてみよう。
おもむろに渡り廊下の手すりに足をかける。
琉夏の突然の行動にさっきまで頬を赤らめながら必死に話しかけて来た子たちの顔が、一気に青ざめた。

「な、何してるの?!」
「何って、飛び降りようかと」
「や、やめなよ、絶対ムリだって!」

必死に止めようとする声を振り切って手すりから身を躍らせた。

「トウッ!」

悲鳴を背に、なんとか両足で地面に降り立つ。
思っていたよりも高さがあったのか、じいん、と足の裏を鈍い痛みが走った。
しかし何にもなかったように真っ直ぐ立ち、目の前にいるみなこに笑いかけた。

「怪我してない?!」
「へーき。不死身のヒーローだから」
「………」

案の定血相を変えて琉夏に飛びついたみなこにおどけてそう言うと、彼女の顔が曇った。
黒目がちの大きな瞳でじっと見つめられると途端に居心地が悪くなる。
バツが悪くなって少し視線をそらした。

「…ホントは、ちょっと、足がジンジンする」
「もうっ!何で飛んじゃうの?!」
「なんだか最近モテモテで、気がついたら女子に囲まれて、ピンチに」

素直にありのままを話すと一瞬だけみなこの表情が寂しそうに揺れたが、すぐに怒ったように眉を吊り上げた。

「あれ、ルカくんがいるよ」
「ええ?どこどこ?!」
「あ、ヤバイ」

渡り廊下で囲まれていた子たちとはまた違う子に見つけられる。
このままじゃ飛び降りてまで逃げた意味がない。
琉夏は延々に続きそうなみなこの小言を遮って身を翻した。

「また会おう!」

ダッと走り出すが、痺れたままの足ではロクなスピードは出せない。
どうせすぐ休み時間も終わるだろう。
よろよろと中庭を抜けて校舎裏へと避難する。みなこの心配そうな視線は、敢えて無視した。




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