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「琉夏くん、一緒に帰らない?」

正門をたらたらと歩いていたら、後ろから声をかけられた。
振り向くとそこには小さな女の子の姿。
数年ぶりに再会した、幼馴染。
琉夏は努めて笑顔を作り、少女、小波みなこに向き合った。




はばたき学園に入学して数日。
学園内ではとある噂で持ちきりだった。
金色の頭が廊下を歩く。
遠巻きに囁かれるのは、畏怖や軽蔑、そして少しの羨望。
まるで針の筵状態だったが、当人の琉夏は特に気にした様子もなく歩いてゆく。絡まれるのは面倒くさいから、こうやって遠巻きに見られている方がまだマシ。
そもそもはば学にはわざわざ表立って絡んでこようとするような奴もいない。
そこを狙って受けたのだから、そうじゃないと本末転倒だ。
珍獣扱いなんて、とっくに慣れている。

「…あれが、桜井弟?」

噂の内容は勿論、悪名高い桜井兄弟について。
確かに色々「悪いコト」はやった。
喧嘩吹っかけたり吹っかけられたり、学校をサボったり、バイクの無免許運転…は、琥一が煩いので一回だけ。
やっぱウソ。黙って何度も乗ったけど、多分ばれているだろう。
酒を飲んでみたり、タバコも吸ってみたりした。
煙がダメだった。
…なんだか、今思い返すと大したことしてない気がする。
喧嘩に明け暮れる毎日ってのも結構ダサい。だからやめた。

「…俺ってバカかも」
「あー、バカだな」

独り言に返事が返ってきた。
振り向くまでもない。琥一だ。

「コウのえっち。盗み聞きすんなよ」
「バーカ」

隣に並ぶ兄を見上げる。
琥一の視線は琉夏に向くことはなく、ただ前を見て廊下を進む。
二人揃うと、余計に人が避けていく。
面白くて声をあげて笑った。

「突然イカレんな」
「俺がイカレてるのなんていつもだろ」

ああ言えばこう言う。
琉夏との毎度のやり取りに早々に飽きてしまった琥一を尻目に、琉夏はなおも絡む。
琥一の制服の袖を引っ張り、廊下の先を指差した。

「みなこちゃんだ」

クラスメイトと楽しそうに話している幼馴染みの名前を発した途端、険しくなる琥一の表情。
それがおかしくてまた笑った。




「俺と?…うん、オッケー」

琉夏がそう答えると、みなこは嬉しそうに笑いながら隣に並ぶ。
正門近くにいた生徒たちはさぞ驚いたことだろう。どこからどう見ても『不良』という言葉の似合わない少女が親しそうに琉夏と歩いている図は、奇異以外の何者でもない。
ジロジロと不躾な視線が二人に注がれる。しかしみなこは全く回りを気にすることなく、琉夏に話しかけた。

「琉夏くん今日授業サボったでしょ」
「あれ、何で知ってんの?」
「大迫先生が大声で名前呼んで校庭走ってたもん。バレバレだよ」

苦笑しながらそっか、と呟いた琉夏を見つめる大きな瞳。
あまりに純粋な目で見つめられ、琉夏は少したじろぐ。視線を外して黙ったまま数歩歩いたのち、再びちらりとみなこへ視線を寄越した。
大きな瞳は、ずっとこちらを向いたまま。

「…どうしたの?」
「んー。やっぱりオマエ、全然変わってないな、と思って」
「もう、またそれ」

そんなに成長してないかな、と自分の顔を触りながら言う彼女に小さく吹き出す。
見た目や動作が幼いのもあるが、言うことをいちいち真に受けるところも一因だろう。
無防備で素直。
純粋で疑わず、愛情をいっぱい受けて育ってきただろうことが見て取れた。

「(汚れてない。俺と、違う世界に住んでる子だ)」

ちり、と心を焦がす何かを感じた。
羨望だろうか。
もしかしたら微かな苛立ちだったかもしれない。




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