ケモノのふところ



あくまで可愛らしく、歩幅を調整して走る。プリーツが乱れないように気を付けながら、私は目的の広い胸板に突進するように抱きついた。
虚を突かれた胸板の持ち主であるコウくんは、勢いに小さく呻いたけども体はびくともしなかった。
ああ、安心するなあここ。

「コラ、何やってんだテメェ」
「ふふっ…ねえ、匿って?」
「ア?わりい、小さくて聞こえなかった」
「…あのね、かまって、って言ったの」

ここは学校の校舎裏。
もっと奥に行けば、教会に通じる抜け道がある。コウくんはよく教会付近に訪れているらしく、ここに来れば会えるだろうと思っていた。
案の定抜け道から戻ってきた彼を見つけて、勢いよく抱きつく。前は慌てて引き剥がそうとしていたけど、しつこくスキンシップを重ねていたら感覚が麻痺しだしたのか、抱き着いても嫌がらなくなってきた。

「かまえったってなぁ」

言いながら私の髪をわしゃわしゃと撫でる。せっかく綺麗にセットした髪がくちゃくちゃになっちゃったけど、コウくんは特別に許しちゃう。
彼なりにかまっているつもりなんだろうけど、私の本音は初めに言った『匿って』だったりする。ああほら、またやって来た。

「小波さーん!…あっ」
「げ、桜井兄…」

バタバタと走って来たのは新聞部の人たち。
背の高い人と、小さい小太りな人と、部長っぽいがっしりした人の三人組。
期待のローズクイーン候補っていう特集を組むので取材させて欲しいと、いきなり走ってやってきたので思わず逃げ出してしまったのだ。
取材とかは初めは恥ずかしがって受けないで、根負けして渋々っていうのがいいかと思ったんだけど…何かこの人たちガチで追っかけてくるから怖い。

「アア?…なんだテメェら」
「や、あの、小波さんに用があるんです、けど」
「僕たち、新聞部の取材をしたくてですね、」

コウくんの迫力にたじたじな新聞部。それでも果敢に挑みかかっていく姿は、少し感動。
なんて、他人事のように様子を見ていたら、新聞部の人たちの視線がコウくんに抱き着いていた私に集まった。

「あの、つかぬことをお聞きしますが…、お二人は、つ、付き合ってるんですか?」
「え?」
「なっ!何言ってやがる!!」
「きゃっ」

新聞部の質問に私が抱き着いていることを思い出したのか、コウくんは慌てて私を引き剥がした。
引き剥がされるだろうことは分かっていたけど、勢いがつきすぎたせいか突き飛ばされたように見えてしまったかもしれない。咄嗟だったので思わず後ろによろけてしまう。
転けちゃう!と思ったけど、ふわりと誰かに肩を支えられた。

「だ、大丈夫?」
「あ、はい…」

支えてくれたのは、背の高い人。追いかけてきた三人の中では、まあまあカッコイイ方だと思う。その人はすぐに離してくれて、なかなかに紳士的だった。…追っかけてさえ来なければ。
ちょっと肩に触れただけ。それだけでもコウくんの眼光は鋭くなる。意外とヤキモチ焼きだよね、コウくん。
新聞部の人たちは蛇に射竦められた蛙のように縮こまって「改めます…」と呟くと、今回のところは諦めて去っていった。

「ごめんねコウくん。巻き込んじゃって…」
「いや、俺も悪かった。…大丈夫か?」

そっと肩を掴んで怪我がないか診てくれるコウくん。本当は優しいって分かってるから、私はコウくんに大丈夫って言う代わりに笑顔を返した。

「なあ…オマエ、あんま学校では俺に近づくな」
「…何で?」
「何でってなあ…。誤解、されんだろが」
「………」
「オマエだって、ヤな思いしたくねえだろ。だから―――っ?!」

なんとか説き伏せようとしたコウくんに、問答無用で抱き着く。
ちょっと頭が勢いよくぶつかっちゃったのでクラクラするけど、コウくんも辺りどころが悪かったのか苦しそうに噎せていた。
でも、そんなことお構いなしに力一杯抱き締める。

「けふっ…あのな、オマエもっと加減ってもんを、」
「知らない」
「オイ、いい加減に」
「やだもん。私はコウくんと一緒にいたいの」
「みなこ」

嫌々をするように頭を押し付ける。コウくんは困ったように頭を掻いていたけど、私に離れる気がないことを悟ったのか、はあ、とため息をついた。

「ったく、わあったよ…」

仕方がないという風に私の頭を撫でるコウくん。その手つきは、すごく優しい。

「…無理言って、ごめんなさい」
「ハッ…今更だろ」

言葉はぶっきらぼうだけど、声音は甘い。コウくんは、気を許した人にはでろでろに甘くなっちゃうんだよね。
それが分かっていて、私はコウくんとの距離を縮めていった。守ってもらえるように、大切にしてもらえるように。
私はもう一度ごめんねと呟いて、この居心地のよさに身を預けた。




100818

xxx

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