キスを拒む眠り姫



ピアノの音が眠気を誘う。
とても綺麗だけど、このゆったりとしたテンポはちょっとマズイかも。リクエストしたのは私だけど、適当に並んでいた楽譜から選んだので、どんな曲かは分からなかった。
ダメダメ、今寝ちゃ。でも、眠い。
ああ、でも聖司先輩は気持ち良さそうにピアノを弾いてるから、私が今寝ちゃっても気付かないかも。音が途切れたら目を覚ませば、大丈夫よね?

大体、聖司先輩の家に呼ばれるなんて思ってもみなかったから、昨日はかなり服選びに時間が掛かっちゃった。睡眠不足は美容に悪いって言うのに、そもそも先輩も前日に誘わなくてもいいのに、なんて、眠気のあまりに思考が明後日の方向へといってしまう。
もうダメ、瞼が開かない…。
そうして私は、初めて招かれた先輩の部屋で、居眠りをしてしまった。



「…みなこ。おい、みなこ?」

ピアノを弾き終わってテーブルへ戻ると、ソファに身を持たせて眠っているみなこの姿が目に入った。小さな寝息を立てている彼女は、傍に寄っても目を覚まさない。疲れていたのだろうか。だとしたら、無理に誘ってしまったのかもしれない。
気配を感じたのか、もぞりとみじろきする。
上品な装いだが、今日は少しスカートが短い気がする。先ほど動いたせいで、白い太ももが露わになった。見てはいけないと思いつつも、視線がそっちに行ってしまうのは男の性だ、と一人言い訳する。
ピンク色のリップグロスでも塗っているのだろうか、つやつやと光る唇からも白い歯が見える。その様子が、なんだか甘い果物かなにかのように見えた。
…キスをしても、構わないだろうか。
ごくり、喉を鳴らしてゆっくりと唇を寄せる。少しひやりとしていて、でも凄く柔らかかった。ゆるゆると感触を確かめてから唇を離す。これは、癖になってしまうかもしれない。
もう一度口付けたい衝動を抑えつつ、彼女の肩を揺らした。



ゆらゆらと、揺れているような感覚がする。

「おい、起きろ」

少し高圧的な声がゆっくりと耳から脳へと移動していく。その言葉の意味を理解した途端、私の目は本当にパチッという音がするのではないかと言うくらいに、勢い良く開いた。
あたりを見渡すまでも無く、目の前には不機嫌そうな顔をした聖司先輩。
ああ、やってしまった。

「ご、ごめんなさいっ私」
「…お前、疲れてるのか?」
「っ、え?」

聴き間違いかと思い、思わず先輩の顔を凝視してしまう。すると何故か先輩は、顔を赤くして視線をそらせた。あれ、どうしたんだろう。
怒っているように見えたのに、その反応はどこかバツの悪そうな感じがして、思わず自分の身なりを確認してしまう。特におかしなところはない、よね?

「あ、いえ、昨日寝たのが遅くて…、その、今日が楽しみで」
「…そうか」

そう言うと先輩は私の隣に腰を下ろした。
ふかふかのソファが聖司先輩の重みで沈む。それから躊躇いがちに、先輩が口を開いた。

「なあ、みなこ」
「はい」
「…キス、していいか」

…はい?
え、なに、どうしたの先輩。
思わず心の声が出そうになるのを必死に抑え込んで首を傾げる。キスってキスよね。口と口をくっ付ける、アレ。え、まさか聖司先輩がそんなこと言うなんて思ってもみなかった…こともないけど、とにかくいきなり過ぎて思考がついていかない。
そうこうしているうちに、聖司先輩がソファの背もたれに手をついて、顔を覗き込んでいる。うわ、何その顔先輩色っぽすぎます…!!

「ま、待ってください…!」

私の返事も聞かずに顔を近づける先輩の口を手のひらで遮ると、柔らかい感触がした。て、手のひらでもちょっとぞくっとしちゃった…。でも、なんかぬるっとしてる。

「…グロス?」

かすかだけど、私の手のひらにピンク色のグロスがついていた。
甘い香りのするそのグロスは、何だかとっても覚えがある。

「…これ、私のと同じ香り…、え。先輩…まさか」
「なっべ、別に寝込みを襲ったりとかしてないからなっ」

いやいやいやこれ絶対襲ったでしょう!
そんな顔を真っ赤にさせて言われても、信じれません!
ううう…先輩とのファーストキスはもっと素敵に演出したくて、ずっと取っておいたのに…。
なんて、私がそんなことを考えているなんて当然知る由もない聖司先輩は、私がキスされたことに対して落ち込んでいるんだと勘違いしてしまった。

「わ、悪い。…だが、そんなに落ち込まなくてもいいだろ」
「………」

まあ、されてしまったものはしょうがない。ならばと私は心の中で頷くと、うるうると瞳を潤ませた。
自然にぽろり、雫が落ちる。

「…ひどい」
「な、そんなに嫌だったのか」

ショックを受けてムッとする先輩に、慌てたように首を振る。
勢いのまま、先輩の手を握った。

「や、じゃ、ありません…。でも、私の知らない間に、するなんて…」
「みなこ…」
「ファーストキスだったのに、先輩、私…っ!」

とどめに、涙で濡れた瞳で上目使い。
こうすれば大抵の人は慌てて慰めようとするか、照れて真っ赤になるんだけど…聖司先輩は私を見つめたまま動かない。不思議に思ってもう一度首を傾げると、突然がばっと抱きつかれた。え、えええ?!

「本当にすまない。寝込みを襲ったのは、悪かった」
「あ、あの、もう気にしてないです、」
「いや、そこは気にしろ。…そうじゃなくてだな、その、責任はちゃんと取るから」

せ、責任?
あれ、もしかしてなんだか大事になっちゃったりしてるかも。なんだか一人で盛り上がっている先輩に、何故か誓いのキスだとか言ってもう一度強請られた。…あまりに必死なものだから、まあいっか、なんて思っちゃったりしたのは、私たちだけの秘密。




100814

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