美を追い求めた少女の話



あなたになら殺されてもいいだなんて大見得を切ったとしても、実際にそんな場面になったらきっと私は醜く命乞いをするでしょう

あなたはそんな私を見て悲しそうに笑い、首にかけた手の、指の、力を込め、て、わたし、の息、を、止、め


そうして私は醜く一生を終え、あなたが私の最期を見届けるの
私があなたに見せる、最初で最後の醜い姿は、彼の中にある私という虚像を一瞬にして砕き、そして永遠にあなたの中に住み続けるでしょう



「綺麗なままでいるためには、今死ぬしかないのかしら」

なんて、口に出してみても聞く相手なんかいない。
容姿を気にする言葉や、内面を垣間見せる台詞は私の口から出てはいけないもので、そして誰も聞いてはならない。

誰もいなくなった教室で一人。
茜色に染まる景色を眺めて呟くと、かすかに聞こえ出したピアノの旋律。
どこか堅い。だけど、柔らかい。
机に突っ伏して身を任せる。耳を撫でるピアノは淀みなく滞りなく流れ、それはけして衰えることのない鮮やかな時を宿していた。

いっそ眠るように。
美しく静かに穏やかなまま息を引き取れば、何故だか誰の記憶にも残らないような気がした。
だからと言ってもがいて苦しんで死んでいけば、美しさなんて欠片も残らない。それでは全く意味がない。今更ながら自身の醜い美への執着が、恐ろしく感じた。

きっと、彼なら。
例えどんな風に生を終えたとしても、美しいまま皆の記憶にあり続けるのだろう。
それは、彼から一切の生を感じないからなのかもしれない。危うく危険な彼は、初めから生きているものではなく、まるで奇跡を宿して動いている彫刻のようで。
いいな、私も永遠になりたい。いつの間にか止んだピアノの音色のように、永遠に綺麗なままでいたい。

「まだ残っていたのか」

ガラリと開いた扉から、学年主任の氷室先生が顔を覗かせた。扉にかけられた指は細く長く、美しい。

「…気分でも悪いのか?」
「いえ、…帰ります」

机から頭をあげて席を立つ。真っ直ぐに氷室先生を見据えながら扉に向かい、横を通り抜ける際に軽く会釈をしながら挨拶をする。

「先生、さようなら」
「もう遅い。気を付けて帰るように」
「はい」

堅い表情。
纏う雰囲気も厳しい。
なのに、その指が奏でる音色は優しくて温かい。見た目通り繊細な指で触れてもらえれば、私も永遠に美しくなれるだろうか。忘れられることなく、美しいままで。

「小波?」
「………」

足を止め、じっと氷室先生を見つめる。
さようなら、と言ったくせに動こうとしない私を見返す先生の瞳は、真っ直ぐで堅い。
そして美しい。
先生はきっと、ある意味で純真なんだろう。ちょっとやそっとじゃ自分の考えを曲げない、いや、曲げることが出来ない。そんな先生が他人に染まることなんてあるのだろうか。

そんなことを考えながら黙って見つめていたら、先生は何かを汲み取ったのか、眉間にシワを刻むと咳払いをひとつ。
そのまま視線を逸らし、教室の扉を閉めて廊下の方へ足を踏み出した。

「気を付けて、帰るように」

先程と同じ言葉を、今度は少し力を込めて言うと、昇降口とは逆の方向、職員室へと歩いていってしまった。



正門を出て歩き慣れた道を行く。昔住んでいたとは言え、この辺りのことはあまり覚えていない。
あの頃の記憶と言えば、朽ちた教会。深いと感じていた林の中。千切られたサクラソウ。綺麗で、対極的な男の子二人。

「あれ、みなこちゃん」
「…琉夏、くん?」

ボンヤリと歩いていたら、聞きなれた声に呼び止められた。
顔を上げればそこには幼馴染みがバイクを押して歩いていた。服装は私服。これから出掛けるのだろうか。

「今帰り?遅いね」
「うん、暖かかったから、うっかり図書室で寝ちゃったみたい」
「へえ、じゃあ今度、オレも図書室で寝よう。あ、みなこちゃんの添い寝付きで」
「もうっ、しません」
「ちぇ」

ふざけながら琉夏くんが笑う。
ああ、本当に綺麗だ。
努力をして綺麗であろうとする私とは、まったく違う。何もしなくても、初めからそうなることが当たり前のように。彼の生まれ持った美しさに、じり、と胸が焦げる。
触れてはいけない、不可侵の。

「暗くなってきたね」
「うん、もうそんな時間だね」
「よし、オレ、送ってく」
「え?でも、」
「大丈夫。バイクさ、乗ったはいいけどガソリンほとんど入ってなかったんだ。押してくから」

バイクの方向を変えてさっさと歩いて行ってしまう琉夏くんに呆れたように溜め息を吐き、後に続く。
斜め後ろをキープしながら小さく「ありがとう」と呟いて見せれば、彼は振り返って「ヒーローだからね」とお決まりの台詞を吐いた。

それからは他愛もない話をしながら気持ちゆっくり歩く。
家はもうすぐ。もうちょっと、一緒にいたい。この美しい人を、もっと見ていたい。

「ね、みなこ…ちゃん」
「ん?なあに」
「んー、なんでもない」

どこかそわそわしながら琉夏くんが私の名を呼び、視線を反らした。琉夏くんも、離れがたいと思ってくれているのだろうか。

自然を装って腕に触れる。
両手は塞がってるから袖を軽くつまむ。
ぴく、と小さく反応したけど、琉夏くんは何も言わなかった。

「…、琉夏くん」
「んー?」
「今度の、日曜日。ヒマ?」

私から彼を誘うのも、もう何度目になるだろう。
今だ彼から誘ってもらったことがない。でも、断られたこともないから嫌がられてはいないと思うんだけど、そろそろ琉夏くんから誘って欲しいとも思う。

『みんなの琉夏くん』だなんてクソ食らえ

「ん、暇。みなこちゃん、遊んでくれるの?」
「うん。遊ぼ!」
「よし、遊ぼ」

行き先と待ち合わせ場所を決める。
楽しみだね、なんて話しながら歩いていたらいつの間にかうちの前まで着ていて、もうお別れの時間。
袖をつまんでいた指に力を込めると、琉夏くんは困っているような、嬉しそうな、悲しそうな、そんな複雑な顔をした。

「ね、指切りしよう」
「指切り?」
「そう、また明日。遊ぼうねって」

ほら、と指を差し出す琉夏くんに、昔一緒にかくれんぼしたときの小さな琉夏くんが重なって見えた。
ああ、そう言えば、昔もこうやって指切りをしていたんだった。まだ遊びたいって、一緒にいたいってぐずる私に、困っているような、嬉しそうな、悲しそうな顔で。

「琉夏くん、変わらないね」

白くて長い指に自分の指を絡める。
高校生になった今、流石に歌は歌わないけど。上下に軽く揺らすと、琉夏くんはそっと私を見つめた。

「変わらないのは、みなこちゃんの方だ」
「………」
「変わってない。あの頃のまま…」

そこまで言って言い淀む。
そうだね。私は変わってないかもしれない。私はあの頃からずっと、琉夏くんの美しさに憧れ続けていた。
それは再会しても変わらない。確かに環境や心境は変わったもしれない。でも、琉夏くんは、当時私が憧れた琉夏くんのままだった。

琉夏くんの手は遠目で見れば綺麗なのに、実際に触れるとささくれ立ってたりタコが出来ていたり、とても男の人っぽい手をしている。
私には、この手が似合うだろうか。
氷室先生のような、繊細で美しい指ではなく、この、何にも頓着しない指が。
この指が、いつか私の息の根を止めてくれるのだろうか。
醜くもがく私を、そのままでもいいと、醜くてもいいとあやしながら、優しく引導を渡してくれるだろうか。あなたのようになりたくて、美しさに拘って必死に生きてきた私を認めてくれるなら。

「琉夏くん」
「ん、」
「変わったよ。私は、変わった」
「………」
「だから、琉夏くんだって変わっていいんだよ」

私の言葉をどうとったのかはわからない。
暫くして琉夏くんは、指切りしたままの私の指に唇を寄せると、一言「おやすみ」とだけ呟いてバイクに跨がった。

「…嘘つき」

私が呟くのと同時にエンジンをかけて走り出す。
小さくなっていく彼の背中を見つめながら、口付けられた指に自分の唇を寄せた。




110623

xxx

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