蟻の群がる



窓際の席からグラウンドへ視線を寄こす。そこには数人の生徒に囲まれて楽しそうに話をする、みなこの姿があった。



あの日。
一人でアイツを想像しながら自身を慰めていたところを本人に見られてから、数日が経った。

純粋で穢れを知らない、天然の入った女だと思っていたアイツが、俺のものを見ても悲鳴一つ上げず、更には近寄って触ろうとするなんて思ってもみなかった。挙句の果てには、アイツの手によってイかされてしまった。
…ありえねぇ。
アイツがあんなことするなんて信じられないが、それとはまた別に俺は持久力には自信があった。それなのに、ほんの少し。アイツが俺のを触っているという事実だけで、ありえないほど興奮してしまった。やべぇ。早漏とか思われてたら一生の恥だ。

あれから特にアイツの態度が変わることもなく、また話題に上ることもない。そもそもアイツと二人っきりになる機会がない。
学校でアイツを捕まえようにも、常に人に囲まれているアイツを連れ出すのは至難の業だ。特にあの女二人。花椿と宇賀神はとりわけ厄介だ。常にアイツの脇を固め、下手に近付こうものならあからさまに嫌悪される。

「…情けねぇ」

日曜に会う約束でも取り付けようかと思ったが、普通に出掛けに誘えるようなテンションでもない。家に呼び出しても結局ルカがいて、話になどならないだろう。

手持ち無沙汰に携帯を閉じたり開いたり弄ぶ。…そうだ、コレがあった。不甲斐なさにため息を着きながらアドレスを呼び出し、みなこ宛てにメールを作成して送信した。




放課後、あの教会へと続く裏庭にみなこを呼び出した。テンパり過ぎて文明の利器を忘れるとか本当やべぇだろ、俺。

しかし、呼び出したはいいが何を話そうか明確には決めていない。とにかく、アイツと話がしたかった。今思い返しても夢だったのではないかと思うくらい、あのときはあっという間の出来事だった。

「コウくん?」

レンガの塀に寄りかかり、ぐるぐると思いをめぐらせていると、ひょこ、とみなこが姿を現した。
俺から見ても可愛い、と思う。蝶よ花よと大切に愛でられて育ってきたのだろう。みなこの可愛さには隙がない。…いや、ないはずだった。

「どうしたの?急に呼び出して」
「………わかってんだろ」

つい警戒してしまう。可笑しな図だ。見るからに厳つくて恐いと恐れられてる俺が、こんな小さくて弱っちい小娘に怖じけづいてるなんて。

「ああ、また抜きたいの?」

あっけらかんと言い放つみなこに度肝を抜かされる。
小さくて柔らかそうな唇から放たれた綺麗なソプラノは、いけしゃあしゃあ言ってのけた。可愛らしく小首を傾げながら口元に指を当てて聞いてくるコイツは、自分が言った言葉を理解しているのだろうか。

「…オマエ、」
「あれ、違った?」

違わない。違わねぇけど論点が違う。するしないではなく、なんであんなことをしたのかを聞きたいんだ、こっちは。

「ふふ、分かってるよ。どうしてあんなことしたのか聞きたいんでしょう?」
「………」
「コウくんが好きだから。じゃ、ダメ?」
「…は?」

好きだから、でいきなりしねぇだろ。何だコイツバカにしてんのか。いつもみたいに可愛く笑ってりゃいいと思ってんなよ。こちとら今まで何回テメェで抜いてると思ってんだコラ。

「それとも、イメージが壊れてショックだった?」

じっと見詰められて言葉に詰まる。確かに、柔らかい雰囲気を纏った『少女』だったコイツが、あの瞬間物凄く妖艶な『女』に見えたときは少なからずショックを受けた。
だが、そんなモンどうでもいい。

「…他の」
「うん?」
「他にも、やってんのか。…こんなこと」

本当、情けねぇ。
コイツの本性はなんだっていい。ただ、あの慣れた手つきに他の男がいるのかどうかだけが気になった。あの手で、指で、更には口で慰められているヤツがいるんじゃねえかと思うと酷くイラつく。俺らしくない、女々しい感情だ。まるで嫉妬してるみたいで吐き気がする。

「…してないよ。コウくんが、初めて」
「嘘じゃ、ねえだろうな」
「うん。コウくんのだから、してあげたいの」

すり、と身体を摺り寄せるみなこ。ふわりと漂う甘い香りは、今までと全く同じはずなのに酷く心を掻き乱された。柔らかな身体を押し付けられる。思わずごく、と喉が鳴った。

「なら…今からうち、来るか…?」

今度は俺も、オマエを気持ちよくしてやりたい。中に突っ込んで、俺を感じさせてやりたい。そう思って誘ったが、コイツは静かに首を振った。

「コウくんは、私に触れちゃダメだよ」
「…は、何言ってんだ、そんなん」
「ダメ。言うこと聞いて?」
「無理に、決まってんだろ」

オマエ正気か。好きな女に抜いてもらえるってだけで満足するバカがどこにいるってんだ。目の前にいて、自分のものに触れてるって言うのに…ああ、そういえば先日の俺はそのバカだったな…。

あのときは本当に、何が起きたのか分かっていなかった。あのままベッドに引きずりこんでやればよかったと何度後悔したか知れない。ただ、驚くばかりで何もできなかった。全く、男としてどうなんだソレはよ。

「…ね、コウくんはもしかして覚えてないの?」
「あぁ?何をだ」
「あのとき、コウくんは何を聞いて私が部屋にいたことに気付いたの?」
「あのときって、確かカシャ、とかいう………」

シャッター、音…?

「てめ、まさか」
「そうだよ。コウくんが私の名前を呟いて、イっちゃったとこ。綺麗に写ってるよ。見る?」
「脅す気、か」

何が好きだから、だコラ。
今まで俺が抱いていたコイツのイメージがことごとく崩れ去ってゆく。脅すのか、この俺を。そんなもの、やっちまえば関係なくなる。そもそもそんな写真…。

「コウくん、プライド高いもんね」
「っ」
「私がコレをどうするか、考えなくても分かるでしょう?」
「…何がしたい」
「大丈夫。ただ、コウくんに気持ちよくなって欲しいだけなんだよ」

嬉しそうに笑いながら、ぎゅう、と俺の腕を抱き締める。服の上からでも分かる、柔らかい胸が押し付けられる。今すぐ押し倒したい衝動に駆られながらも、俺の身体は望むようには動かなかった。




細い腕に触れているのは宇賀神の指。
花椿がアイツの腰を抱き寄せる。
ふわりと舞った髪が、見知らぬ男の腕を掠めた。

今日もみなこは沢山の人に囲まれていた。何が面白いのか、いつも馬鹿笑いしながら過ごしている奴らを見るとイライラする。

昨日、アイツに持ちかけられた話は今思い返してもバカバカしくなる。一人になれば冷静に考えられるのに、アイツを、あの妖艶な雰囲気を纏ったみなこを前にすると何も言えなくなっちまう。

ふとみなこがこちらを向いた。しっかりと目が合い、逸らそうにも不自然になってしまいそうで見詰め返す。するとアイツはニコリと笑い、それから自然に視線を外した。

「…クソッ」

遊ばれている。
分かっているのに、つい目で追ってしまう。病気だな、これは。

先日裏庭で話した際、次の約束を取り付けられた。来月の祝日、ルカがバイトでうちにいない時間に。女に主導権を握られている事態に屈辱だと思いながらも、その日を待ちわびている自身に酷く苛立ちを覚えた。




101028

xxx

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